『ウルトラマンタイガ』の主演をはじめ、ドラマや映画、舞台で活躍する俳優の井上祐貴さん。自然体の雰囲気が魅力ですが、学生時代はどんな毎日を送っていたのでしょうか。
「井上祐貴 大学」と調べると、いくつかの大学名が出てきます。ただ、学校名については確かな情報と推測を分けて考える必要があります。
一方、本人のインタビューを読むと、大学ではフットサルやアルバイトに打ち込み、卒業後は美容師も考えていたことがわかります。そこから、友人の推薦をきっかけに俳優の道へ。意外な進路の変化を、本人の言葉をもとにたどってみましょう。
井上祐貴の大学はどこ?本人が明かしたのは「関西の大学」
結論からいうと、井上さんは高校卒業後、関西地方の4年制大学に進学し、卒業したと語っています。
電撃オンラインのインタビューでは、大学がどこかを尋ねられた際に「関西の大学」と答え、卒業後に『ウルトラマンタイガ』の撮影が始まったことも話しています。
ただし、このインタビューでは具体的な大学名や学部名は語られていません。大學新聞のインタビューでも、進学先は関西地方の大学と紹介されています。
ネット上では神戸学院大学などの名前が挙がることもありますが、今回確認した本人への取材記事からは、大学名や学部まで裏付けられませんでした。本人が明かした範囲は「関西の4年制大学」と覚えておくとよさそうです。
東大出身という情報は?
検索結果には東京大学に関係する同姓同名の研究者が表示されることもあります。しかし、名前が同じだけで俳優の井上さんと同一人物だとは判断できません。俳優本人が語った進学先は関西地方です。
大学名を調べるときには、検索画面に並んだ情報をそのままつなげるのではなく、「俳優本人についての情報か」「本人や大学が公表した内容か」を確かめたいですね。
進学理由は一人暮らしへの憧れ!オープンキャンパスで見ていたこと
井上さんは広島県で生まれ育ち、高校卒業後は地元を離れたいという思いから関西の大学を受験したと、大學新聞で振り返っています。
当時、明確に学びたい分野が決まっていたわけではなかったそうです。それでも「広島を出て一人暮らしをしたい」という気持ちはあり、オープンキャンパスでは校舎や設備に加え、その周辺での暮らしを想像しながら立地を見ていたのだとか。
進学先を選ぶとき、学部の内容だけでなく、通学のしやすさや街の雰囲気も大切な判断材料になります。井上さんの話からは、「その場所でどんな日常を送りたいか」を考えていた様子が伝わってきます。
また、本人は学力試験で受験し、自分なりに受験勉強を頑張ったとも話しています。合格を喜んだというエピソードには、新しい生活への期待が感じられますね。
大学生活はフットサルとアルバイト中心
俳優としての姿を知っていると、学生時代から芸能活動一色だったのではと思うかもしれません。ところが、井上さんが語った大学生活には、サークルや友人との旅行、飲食店でのアルバイトといった身近な話が並びます。
高校から続けたフットサルを大学でも
大學新聞によると、井上さんは小学生の頃からサッカーを続け、中学校ではサッカー部に所属。その後、地元のフットサルのクラブチームへ移り、高校時代も活動を続けました。
大学に入ってからもフットサルサークルに入り、仲間とプレーしたり旅行したりしていたそうです。中学・高校・大学と環境は変わっても、ボールを蹴る楽しさが学生生活をつないでいたことがわかります。
中学のサッカー部を辞めた背景には、強豪チームの中で試合に出る機会が少なかったこともあったと本人は説明しています。そこで競技そのものをやめるのではなく、別の場所でフットサルを続けたという選択が印象的です。
ラーメン店で4年、イタリアンカフェで2年
同じインタビューで、大学時代のアルバイトはラーメン店で4年間、イタリアンカフェで2年間だったと明かしています。2つの期間はそれぞれの勤務期間で、いつからいつまで重なったかなどの詳細までは語られていません。
授業やサークルに加えて、飲食店でも長く働いていた井上さん。本人は当時を、特別な芸能人としてではなく、普通の大学生らしいキャンパスライフだったと振り返っています。
こうした日常のすぐ隣で、後に人生を変えるオーディションとの出会いが待っていたのです。
大学3年で芸能界へ!友人の応募から審査員特別賞
転機が訪れたのは大学3年生。友人たちが就職活動を始める一方で、井上さんは卒業後の進路に焦りを感じていたといいます。
そんなある日、友人から届いたのは、第42回ホリプロタレントスカウトキャラバンの書類審査を通過したという知らせでした。友人が他薦で応募していたため、最初は戸惑ったものの、人生経験として挑戦することにしたそうです。
会場には、それぞれ特技や準備を持って臨む参加者がいました。井上さんは私服で参加し、自分は場違いではないかと感じたと当時を回想しています。
しかし、審査が進むにつれて気持ちが変化。テレビ東京のインタビューでは、できないことが悔しく、芸能の仕事をやってみたい気持ちが強くなっていったと語っています。
結果は審査員特別賞。偶然の推薦が入口だったとしても、その後の挑戦を自分の進路として選び取ったことが、俳優・井上祐貴さんの出発点になりました。
俳優の前は美容師志望?進路を決めるまで
実は、大学3年生の頃に考えていたのは美容師の道でした。テレビ東京の取材では、大学を卒業してから美容の専門学校へ進むことを考えていたと明かしています。
また、講談社のインタビューでは、高校の頃から美容師に関心があり、大学の4年間を自分のやりたいことを見つけるための時間と捉えていたとも語っています。
美容師か俳優か。最初から一直線に決めていたのではなく、大学生活の中で考え、予想外の機会に触れながら選択肢が変わっていったのですね。
「進学するときに将来をすべて決めなければ」と考える人にとっても、井上さんの経験は一つの例になりそうです。もちろん、進み方は人それぞれ。興味が変わったときに、その変化に向き合うことも進路選択の一部なのでしょう。
在学中の『ピーターパン』から卒業後の『ウルトラマンタイガ』へ
井上さんの俳優デビューは2018年のミュージカル『ピーターパン』。大学に通いながらオーディションなどで関西と東京を往復し、その後、卒業の頃に『ウルトラマンタイガ』への出演が決まりました。
テレビ東京のインタビューでは、初仕事の舞台で先輩たちから教わり、稽古で作ったものに観客が反応してくれる体験がうれしかったと振り返っています。映像作品で見る井上さんを知る人にとって、最初の仕事が舞台だったという点も興味深いですね。
2019年の『ウルトラマンタイガ』では主人公・工藤ヒロユキ役を担当。子どもの頃からヒーローに憧れていた井上さんにとって、大きな転機となりました。
出演決定は大学卒業の頃だったと本人が電撃オンラインで説明しています。「大学3年のオーディション」「在学中の舞台デビュー」「卒業後の特撮主演」を順番に見ると、学生生活から俳優業へ移る流れがわかりやすいでしょう。
まとめ|大学名は未確認、学生時代の経験は本人が語っている
井上祐貴さんは、広島県から関西地方の4年制大学へ進学し、卒業しています。大学名や学部名は、今回参照した本人インタビューでは確認できませんでした。
大学生活ではフットサルや飲食店のアルバイトを経験。大学3年のときに友人の推薦でオーディションを受け、美容師を考えていた進路から俳優の道へ踏み出しました。
一人暮らしへの憧れ、サークルの仲間との時間、将来への迷い、そして思いがけない挑戦。華やかな出演歴の前にあった学生時代を知ると、井上さんの歩みがぐっと身近に感じられますね。
参考:大學新聞、電撃オンライン、テレ東プラス、with class
セレブ論 – cereb-ron
