桝太一の大学は東大農学部!アサリ研究から同志社大学の助教になるまで

干潟のアサリと研究ノート、顕微鏡とマイクの紙細工風イラスト

桝太一さんといえば、朝の情報番組や生き物を紹介する番組で親しまれてきたアナウンサーです。2022年にはテレビ局を退社し、大学の研究職へ。出身大学はどこで、どんな研究をしていたのでしょうか。

桝さんは東京大学農学部を卒業し、同大学院の修士課程を修了。その後、日本テレビを経て同志社大学の研究所へ進みました。東大では海の生き物に熱中し、大学院ではアサリを研究していました。

大学名だけでなく、なぜアナウンサーを選んだのか、現在の研究と学生時代はどうつながっているのかを、本人へのインタビューと公式資料から見ていきます。

桝太一の出身大学は東京大学農学部

所属先の公式プロフィールによると、桝さんは2004年に東京大学農学部を卒業し、2006年に東京大学大学院農学生命科学研究科を修了しています。同じ2006年に日本テレビへ入社しました。出典:Sony Music Artists・公式プロフィール

時期 経歴
2000年 東京大学理科二類へ
2004年 東京大学農学部卒業
2006年 東京大学大学院修士課程修了、日本テレビ入社
2022年 同志社大学ハリス理化学研究所へ

研究者情報には、学部での専修は水圏環境科学、大学院は生圏システム学専攻と記されています。出典:J-GLOBAL・研究者情報

「桝太一 大学」で検索すると東大と同志社の両方が出てきます。東大は学んだ大学、同志社は後に研究職として所属した大学と整理すると、経歴を追いやすくなります。

なぜ東大の理系へ?生き物への関心が出発点

桝さんは幼い頃から昆虫が好きで、自然の仕組みに関心を持っていました。大学で生物学を研究したいという思いから勉強し、理科二類へ進んだと話しています。出典:島津製作所・桝太一さんインタビュー

意外なのは、理系でありながら数学に苦手意識があったという話です。朝日新聞の取材では、「大学で生物学を学ぶ」という目標があったからこそ、苦手な数学から逃げずに取り組めたと振り返っています。

得意な科目だけで進路を決めるのではなく、学びたいことから必要な勉強を考える。桝さんの進路選びには、そんな順序があったのですね。出典:朝日新聞Thinkキャンパス・進路と数学についての本人取材

大学時代は海に夢中!サークルで潜る日々

同志社スポーツアトムの取材で桝さんは、大学時代にスキューバダイビングのサークルと生物研究会に所属していたと振り返っています。水泳は子どもの頃から続けていて、長期休暇には八丈島などへ行き、潜っていたそうです。

勉強だけに向かう生活というより、生き物と関わることが中心だったという本人の言葉が印象的です。教室で知識を得る時間と、海に出て生き物を見る時間が、両方あったわけですね。出典:同志社スポーツアトム・桝太一さんインタビュー

東大新聞の取材でも、大学院を含む6年間、海に関することをやり切った経験を大切にしていると語っています。単位にならない授業にも関心があれば参加し、休日も海へ。学部の名前だけでは分からない、好きなものへの熱量が見えてきます。出典:東大新聞オンライン・学生時代のインタビュー

大学院の研究はアサリ|干潟での採取も

桝さんの大学院での研究テーマとしてよく知られるのがアサリです。東京大学農学部の広報誌には、東京湾のアサリをテーマにし、干潟で採取を重ねたと紹介されています。大学院の修士課程で研究を続け、2006年に修了しました。出典:東京大学農学部広報誌『弥生』

アサリというと食卓に並ぶ身近な貝ですが、研究対象として見ると、暮らす環境や生き物としての特徴に目が向きます。桝さんは東大新聞で、アサリは自分の学科では決して珍しいテーマではなかったとも話しています。

本人にとっては特別に変わった題材を選んだというより、大学で関心を深めた海の研究の一つだったようです。後にテレビで生き物の話をする姿を見ていると、この学生時代の積み重ねにも興味が湧いてきますね。

アサリ研究から、なぜアナウンサーになった?

もともとは生き物の研究者を目指していた桝さん。しかし研究を続ける中で、研究そのものより「伝えること」の方が自分の性格や能力に合っているのではないかと感じ、メディアを志望するようになったと話しています。

最初からアナウンサー職だけを目指していたわけではなく、テレビ局のさまざまな職種のうち、縁があったのがアナウンス職だったそうです。研究と全く無関係な仕事へ突然方向転換した、というより、自分に合う役割を探す中で「伝える」仕事にたどり着いたと考えると分かりやすいでしょう。出典:同志社スポーツアトム・メディアを志した理由

科学に関心がある人と、普段は専門的な話題に接しない人。両方に届く言葉を探す仕事には、研究を経験した人ならではの視点が生きそうです。ただし、テレビでの経験を積む中で身につけた力も大きく、大学時代だけで現在の活動が決まったと単純には言えません。

同志社大学では何を研究している?

2022年、桝さんは日本テレビを退社し、同志社大学ハリス理化学研究所の専任研究所員・助教になりました。研究するのは、科学と社会の間をつなぐ「サイエンスコミュニケーション」です。

とくに、テレビを通じて科学がどう伝わるか、その長所や短所を研究していると本人は説明しています。アナウンサーとしての実践経験と、研究の方法を組み合わせる試みです。出典:JSTサイエンスポータル・本人インタビュー

「研究者に戻った」だけではない新しい挑戦

東大時代は海の生き物に向き合い、同志社では科学の伝わり方を考える。どちらも「科学」に関わっていますが、研究の対象は同じではありません。

本人は同志社の取材で、理系の大学院とテレビでの経験を組み合わせ、これまで得てきたものを違う形で出していく感覚だと話しています。研究者とアナウンサー、どちらか一方に戻るというより、両方の経験を使って新しい役割に挑戦しているのですね。

科学を「知ってもらう」だけで終わらせない

JSTのインタビューで桝さんは、科学者の存在や研究が社会にどう認識されているかに関心を示しています。高校生へのアンケートで、存命の科学者の名前がなかなか挙がらなかった経験も紹介していました。

新しい発見を知らせるだけでなく、どんな人が研究しているのか、社会とどうつながっているのかも伝える。その方法を考えることは、専門家と視聴者の間に立ってきた桝さんらしい課題と言えるでしょう。

一方で、分かりやすさだけを優先すればいいわけではありません。正確さを保ちながら、受け手が関心を持てる形を探る。その難しさに向き合うため、研究と実践の両方を続けようとしているのです。

大学で学ぶことと、その後の仕事

桝さんの歩みを見ると、大学で学んだ専門をそのまま職業名にするだけが道ではないと分かります。大学院の研究からテレビ局へ進み、テレビで得た経験を今度は大学での研究に生かす。時間をかけて、別々に見えた経験が結びついています。

もちろん、誰にでも同じ進路が合うわけではありません。それでも、好きなものを深く知ろうとした時間が、思いがけない場所で役立つことがある。そんな視点で経歴をたどると、大学時代の意味も違って見えてきます。

桝太一の大学についてよくある疑問

大学院では博士号を取った?

公表されているのは東京大学大学院の修士課程修了です。J-GLOBALに掲載された学位も修士(農学)であり、博士号を取得したと読み替えることはできません。

同志社大学は出身大学?

出身大学は東京大学です。同志社大学には、2022年から研究所員として所属しています。「東大卒」と「同志社で研究」は両立する情報です。

研究職になってテレビを辞めた?

日本テレビの社員としては退社しましたが、テレビへの出演を続けながら研究・実践に取り組んでいます。所属の変更と、画面に出る仕事を続けるかどうかは分けて見る必要があります。出典:日刊スポーツ・退社と研究職への転身

まとめ|東大での海の研究と、テレビでの経験が今につながる

桝太一さんは東京大学農学部から大学院へ進み、アサリを研究しました。2006年に日本テレビへ入社し、2022年からは同志社大学で科学の伝え方を研究しています。

生き物が好きだった学生時代、テレビで情報を届けた経験、そして研究職への挑戦。それぞれを知ると、「東大出身のアナウンサー」という肩書きの先にある歩みが見えてきますね。

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