モデルとして注目を集め、映画やドラマでも幅広く活躍する坂口健太郎さん。大学はどこに通っていたのか、学生時代にどのように芸能界へ入ったのか、気になる人も多いのではないでしょうか。
ネット上には複数の大学名や「中退した」という話もありますが、情報をたどると、確かめられることとそうでないことがあります。
この記事では、本人のインタビューと所属事務所のプロフィールをもとに、大学時代からモデル・俳優へ進んだ歩みを整理します。
坂口健太郎の大学はどこ?本人が語ったのは「大学生の時にモデルを始めた」
坂口健太郎さんは、2018年のcinemacafe.netのインタビューで、モデルの仕事を始めたときは大学生だったと話しています。
一方、今回確認した本人のインタビューと所属事務所の公式プロフィールには、大学名や学部の記載を見つけられませんでした。
つまり、大学生だった時期があることは本人が語っているものの、今回確認できた資料から大学名は特定できない、というのが答えです。
プロフィールに学校名が載っていないことだけでは、ほかの場所で一切話していないとまでは言えません。確認できた資料の範囲を示しながら、情報を見ていきましょう。
東洋大学という噂は本当?
「坂口健太郎 大学」と検索すると、東洋大学など特定の学校名を挙げる記事が出てきます。ただし、今回調べた範囲では、本人・所属事務所・大学による、その学校への在籍を裏付ける発表を確認できませんでした。
複数の記事に同じ名前が書かれていても、その根拠が同じ噂を繰り返しているだけという可能性もあります。目撃談や出典の不明な投稿だけを理由に、出身大学として断定することは避けたいところです。
大学を卒業した?中退した?
大学生だったと本人が話した一方で、卒業したのか、途中で辞めたのかについて、今回参照した資料からは確認できませんでした。
モデルとして忙しくなった時期があるからといって、「仕事のために中退した」と結び付ける根拠にはなりません。在学経験、学校名、卒業・中退はそれぞれ別の情報として考える必要があります。
大学生の時にモデルへ!MEN’S NON-NOを受けた理由
坂口さんは2010年に『MEN’S NON-NO』の専属モデルオーディションに合格し、モデルとして活動を始めました。時期はORICON NEWSの記事でも紹介されています。
応募した理由について、CREAのインタビューでは、自分自身が雑誌の読者だったことや、同誌出身の俳優が活躍していたことを挙げています。当時は、映画や芝居の世界にどう入ればよいか分からなかったそうです。
cinemacafe.netでは、モデルという肩書きに格好よさを感じたことも話しています。大学生としての生活の中で始めた仕事が、坂口さんの世界を少しずつ広げていったのですね。
最初から俳優を目指していた?
坂口さんは、幼いころから漠然と芝居をやってみたい気持ちがあったと語っています。ただ、まずモデルの仕事をすると決めたため、俳優への思いをすぐには口に出せなかったそうです。
CREAの取材では、モデルの仕事で経験を積み、自分の名前が出るページが増えていく中、将来について尋ねられたときに初めて芝居をやりたいと伝えた、と振り返っています。
モデルと俳優、どちらかを急いで選んだというより、一つの仕事に取り組む中で次の希望を言葉にできるようになった。その過程を知ると、デビューまでの時間も違って見えてきます。
坂口健太郎の高校時代は?バレーボール部で過ごした日々
大学より前の学生生活については、Deviewのインタビューで、高校時代にバレーボールをしていたと本人が語っています。
卒業式の思い出として、男子バレー部の後輩に制服を持っていかれたエピソードも紹介。部活動をともにした後輩たちとの関係が伝わってきます。
高校名についてもネット上にはいくつかの説がありますが、今回確認した本人のインタビューでは校名を確認できませんでした。似た名前の学校が混同されることもあるため、学校名と部活動の経験は分けて扱います。
中学・高校とバレーを続けた
2025年の番組出演を伝える記事では、中学と高校の両方でバレーボール部に所属していたことが紹介されています。
モデルとしての姿から坂口さんを知った人にとって、学生時代の部活動は意外かもしれません。長く続けた経験と、その後に始めたモデルの仕事は別の活動ですが、どちらも本人が歩んできた学生時代の一部です。
大会の成績やポジションについてもさまざまな情報が見つかりますが、ここでは出典を確認できた部活動の経験に絞っています。
モデルから俳優へ。2014年の映画デビュー
所属事務所のプロフィールには、坂口さんが出演した映画やドラマが数多く掲載されています。ELLEの2014年のインタビューは、モデルとして活動しながら俳優の仕事にも取り組み始めた時期の坂口さんを紹介しています。
映画『シャンティ デイズ 365日、幸せな呼吸』で俳優デビューしたことは、WWDJAPANのプロフィール紹介などで確認できます。
ここまでの流れを整理すると、大学生のころにモデルを始め、その経験を重ねながら、もともと興味のあった芝居へと活動を広げたことになります。
2014年には『MEN’S NON-NO』の単独表紙も飾りました。ORICON NEWSによると、専属モデルとして約20年ぶりの単独表紙だったそうです。俳優への挑戦と、モデルとしての活動の両方が注目された年だったことが分かります。
坂口健太郎の学生時代から芸能界入りまで
- 中学・高校:バレーボール部で活動したことを本人が語っている。
- 大学生のころ:本人によると、モデルの仕事を始めた時期。大学名は今回確認できず。
- 2010年:『MEN’S NON-NO』の専属モデルオーディションに合格。
- 2014年:同誌の単独表紙を飾り、映画でも俳優として活動を始める。
年表を見て気をつけたいのは、モデル活動の開始時期が分かっても、大学の卒業時期や在籍期間まで分かるわけではないということ。公表された情報の範囲を超えて、空白を想像で埋めないようにしたいですね。
よくある疑問
坂口健太郎さんは大学に通っていた?
本人が2018年のインタビューで、モデルを始めたときは大学生だったと話しています。今回確認した取材では、大学名までは明かされていません。
大学は東洋大学と決まっている?
ネット上に名前は挙がりますが、今回確認した本人や所属先などの資料では裏付けが取れませんでした。断定できない情報として扱います。
高校時代の部活動は?
坂口さんは高校時代にバレーボールをしていたとインタビューで話しています。中学・高校と続けたことも番組で紹介されています。
モデルと俳優、どちらが先?
先にモデルとして活動を始め、その後、映画などで俳優の仕事に進みました。本人はもともと芝居への関心があったと話しています。
まとめ
坂口健太郎さんは、大学生のときにモデルを始めたと本人が明かしています。ただし、今回確認した資料では大学名や卒業・中退の状況は分かりませんでした。
中学・高校ではバレーボールに打ち込み、大学生のころにモデルの世界へ。その経験を積んだ後、幼いころから関心のあった芝居に挑戦しました。出演作を見るとき、そんな歩みにも注目してみたくなりますね。
※この記事は本人のインタビューと公開プロフィールなどをもとに作成しています。
セレブ論 – cereb-ron