藤ヶ谷太輔さんの大学はどこだったのでしょうか。Kis-My-Ft2の活動に加え、俳優や司会としても活躍する姿を見て、学生時代が気になった方もいるでしょう。
藤ヶ谷さんは明海大学経済学部経済学科に在籍し、大学を卒業しています。大学名と学部は当時の事務所発表に基づく報道で、卒業については本人が出演した番組の公式記事で確認できます。
興味深いのは、進学した時点ではCDデビューが決まっていなかったことです。大学の4年間を将来を考える区切りにしながら、仕事が増えて学業との両立に悩むことに。今回は校名だけでなく、進路への迷いと、卒業まで支えになった家族の言葉を紹介します。
藤ヶ谷太輔の大学・学部は?確認できる学歴を整理
| 項目 | 確認できる内容 |
|---|---|
| 大学 | 明海大学 |
| 学部・学科 | 経済学部経済学科 |
| 在籍の記録 | 2009年1月6日の報道で3年生と紹介 |
| 卒業について | 『徹子の部屋』公式記事で卒業を確認 |
| 進学時の考え | 大学4年間で将来を決めようとしていた |
| CDデビュー | 2011年8月10日「Everybody Go」 |
大学名の根拠は、2009年のテレビ朝日の記事
大学名が明記されているのは、テレビ朝日が2009年1月6日に掲載した「ジャニーズの大学在学生・卒業生」です。在学中のタレントの一覧に、藤ヶ谷さんが明海大学経済学部経済学科の3年生として載っています。
記事末尾には、事務所の発表による情報であることも記されています。現在、元のニュースサービスは終了していますが、保存版で本文を確認できました。ネット上に校名が多く書かれているからというだけでなく、当時の在籍情報にさかのぼれるのが、この学歴を紹介する根拠です。出典:テレビ朝日・大学在学生と卒業生の一覧(保存版)
卒業したのはいつ?在籍時の報道と卒業の話は別に見る
2009年1月の記録は、あくまでその時点で3年生だったことを示しています。この記事だけを根拠に「2009年に卒業した」とするのは誤りです。また、学年から計算した予定の卒業年と、実際の卒業時期が一致するとも限りません。
卒業した事実は本人の番組での振り返りから確認できますが、卒業年月の細かな特定は控えます。留年や休学の有無についても、明確な説明がないまま、年齢や仕事量だけで推測することはできません。
明海大学と明治大学・明治学院大学は別の大学
名前が似ていますが、藤ヶ谷さんが当時在籍していたと報じられたのは「明海大学」です。「明治大学」「明治学院大学」と取り違えないようにしたいですね。芸能人の進学先をまとめた記事では、本人の情報と、共演者の大学の話が混ざってしまうこともあります。
藤ヶ谷さんの学歴を調べるときは、大学名だけでなく経済学部経済学科という学部・学科まで一緒に見ると、別の人の経歴との混同を避けやすくなります。
なぜ大学へ進学?4年間で将来を決めるためだった
2023年の『徹子の部屋』公式記事によると、藤ヶ谷さんは高校3年生の頃、芸能活動を続けたい気持ちと、自分にアイドルは向いていないのではないかという思いの間で揺れていました。
高校時代は仕事がほとんどなく、進級や卒業などの節目には、父親と将来について話していたそうです。その中で、大学の4年間を使って人生を決めようと考え、進学を選びました。出典:テレ朝POST・『徹子の部屋』公式記事
いまの活躍から振り返ると、初めからデビューに向かって一直線だったように見えるかもしれません。しかし本人の話には、続けても先が見えるとは限らない状況で、別の進路も考えていた姿があります。
大学は、単に芸能活動の合間に通う場所だったわけではありません。夢を追う時間を持ちながら、その後の自分を考えるための選択でもあったと受け止められます。
大学では何を学ぶ?経済学部の特徴と分かっていないこと
明海大学の現在の公式案内では、経済学部経済学科は経済学・経営学・会計学を軸に、学んだ知識を実社会で使う力を育てる学科とされています。公共政策や金融、企業の経営、会計など、社会とお金の動きを幅広く扱う分野です。
「経済学部」と聞くと株や投資だけを想像するかもしれませんが、企業や組織、地域や国際社会まで、関心の対象は広がっています。大学名に加えて学部を知ると、どのような学問の領域へ進んだのかも見えてきます。出典:明海大学・経済学部経済学科
ただし、現在のカリキュラムが、そのまま藤ヶ谷さんの在学当時の授業内容だったとはいえません。本人が履修した授業や所属ゼミ、卒業論文のテーマまでは、今回確認した資料では分かりませんでした。経済を学んだから現在の仕事のこの部分に生きている、と結びつけるのも、本人の説明がなければ想像になってしまいます。
大学卒業を支えた母の言葉|仕事が増えた後の両立
進学前は仕事の少なさに迷っていた藤ヶ谷さんですが、大学生になると忙しくなりました。『徹子の部屋』で振り返った話をMANTANWEBが伝えており、大学の4年間は毎朝、母親に起こしてもらっていたそうです。
疲れて大学へ行くのがおっくうになったとき、母親はSMAPの忙しさを引き合いに出し、いま起きられないようではスターになれない、と励ましたといいます。憧れの先輩の名前が出ることで、もうひと頑張りする力になったのでしょう。出典:MANTANWEB・大学時代の母の激励
仕事が増えるのは、望んでいた変化のはず。それでも、忙しくなれば通学を続ける難しさは出てきます。デビュー前の期待と、毎朝の眠さや疲れ。その両方があったことが、このエピソードから伝わりますね。
大学を卒業できたという本人の振り返りには、家族に支えてもらった日々も含まれています。一人で何でもやり切ったという成功談とは、少し違う身近さを感じます。
卒業が近づくと、友人の就活に焦りもあった
2017年の『TOKIOカケル』では、周りの友達が就職活動をしていた頃、焦りを感じていたと明かしました。父親からも将来を真剣に考えるよう言われていたといいます。
入学時に将来を考える期間と決めた大学生活が終わりに近づき、友人たちは次の生活へ向かっていく。そんな時期に、まだデビューを待ちながら活動を続けるのは、簡単な決断ではなかったようです。出典:マイナビニュース・就活をする友人への思い
活動を続ける力になった、嵐ファンからの感謝
同じ番組で、辞めようと思ったこともあったと話した藤ヶ谷さん。続ける力になった出来事として挙げたのが、嵐のコンサートでバックについていたとき、ファンから自分たちJr.にも感謝の言葉をかけてもらった経験でした。
ステージで人に喜んでもらえることが嬉しく、自分も幸せを届ける側になりたいと思ったそうです。「デビューする」という目標だけでなく、その先にどんな存在になりたいかが見えた経験だったのかもしれません。
大学時代の友人とは、その後も交流が続いた
学生生活で得たものは、学歴だけではありません。Real Soundが紹介した番組での話には、藤ヶ谷さんが中居正広さんとの旅行に大学時代の友人と弟を連れていったエピソードも登場します。
先輩に気を使わせないようにと同行者を考え、旅行前には自宅に泊まってもらい、準備までしていたそうです。緊張する先輩との旅行の話の中に、大学でできた友人が自然に出てくるところに、卒業後も続く関係がうかがえます。出典:Real Sound・大学時代の友人との交流
デビューは2011年8月10日|大学の先に続いた道
Kis-My-Ft2のデビューシングルは「Everybody Go」で、発売日は2011年8月10日です。レコード会社の公式作品ページと、当日のスタッフブログでも確認できます。出典:MENT RECORDING・「Everybody Go」
11歳で入所し、24歳でCDデビューするまで13年。大学で進路を考え、卒業後も活動を続けた時間が、その長い歩みの中にあります。大学進学が夢を諦めることに直結したわけでも、仕事が増えたから学業をやめたわけでもありませんでした。
まとめ|藤ヶ谷太輔の大学生活は、将来を選び直す時間でもあった
藤ヶ谷太輔さんの大学は明海大学経済学部経済学科で、卒業についても番組の公式記事で確認できます。進学時には4年間で将来を決めようとしていましたが、家族の支えやファンへの思いを力に、卒業後も芸能の道を歩みました。
大学名だけでは見えない、迷いながら続けてきた時間を知ると、いまの落ち着いた姿も少し違って見えますね。デビュー前に大学へ進んだ後輩の話は、永瀬廉さんの進学理由と6年半かけた卒業でも紹介しています。
セレブ論 – cereb-ron 
