音楽家としても俳優としても活躍する星野源さん。歌と芝居、そして文章まで、表現の幅広さはどこから生まれたのでしょうか。
その原点を探ると、埼玉県飯能市の自由の森学園で過ごした学生時代が見えてきます。校内で仲間と演奏し、演劇にも挑戦した一方、学校に通えなくなった時期もあったと本人は語っています。
この記事では、星野源さんの高校と学生時代の活動を、本人のインタビューや学校の資料をもとに整理します。
星野源の高校は自由の森学園!卒業生として学校も紹介
星野源さんの出身校は、埼玉県飯能市にある自由の森学園中学校・高等学校です。学園の広報誌「もりのあと」でも、星野さんは卒業生として紹介されています。
音楽と演劇に取り組み始めたのは高校からではありません。星野さんはORICON NEWSのインタビューで、中学生のころから学校内で役者と音楽を始めたと振り返っています。
現在は歌手、俳優、文筆家としてそれぞれ別の場所で名前を見かけますが、学生時代から関心が一つに絞られていたわけではなかったのですね。
自由の森学園はどんな学校?
学校のある飯能市は、埼玉県の西部に位置します。自由の森学園は中学校と高校を持ち、生徒たちの多様な学びや表現を大切にしている学校です。
卒業生へのインタビューには、音楽祭に向けた合唱の練習や、生徒が自主的に企画する放課後のライブなどが語られています。教室に照明や音響を用意し、演奏する人だけでなく裏方として参加する人もいたそうです。
もちろん、卒業生の体験は一人ひとり違い、学校の制度も時代とともに変わります。当時の話を、現在の授業やルールのすべてとして受け取ることはできません。入学を考える場合は学校公式サイトの最新情報を確認してください。
星野源の高校時代は?音楽と演劇の両方に挑戦
星野さんの学生時代を知るうえで興味深いのが、音楽と演劇を並行して続けていたことです。本人はORICON NEWSの取材で、中学生のときから両方を始め、それぞれの分野で別の道を勧められることもあったと話しています。
どちらか一方に決めれば分かりやすいかもしれない。でも、今の星野さんを見ると、音楽も芝居も手放さず続けてきたことが、その表現の幅につながっているように感じます。
もちろん、学生時代の経験だけで現在の活躍を説明できるわけではありません。卒業後にも活動を重ね、多くの人と作品を作ってきた長い時間があります。それでも、学校の中で音楽と芝居を試せる機会があったことは、歩みを知る手がかりになります。
放課後にはどんな音楽活動をしていた?
自由の森学園の卒業生で、のちにSAKEROCKでも活動した田中馨さんは、前述の卒業生インタビューで、在学中に星野さんと音楽をしたことがあると振り返っています。
同じ取材では、放課後の自主ライブにはアコースティック、ヒップホップ、ジャズなどさまざまなジャンルがあったとも語られています。演奏だけでなく、照明やチラシ作りにも生徒が関わっていたという話からは、学校の中に小さなライブハウスのような場があったことが想像できます。
ただし、取材で紹介された校内ライブのすべてに星野さんが出演していたという意味ではありません。ここでは同時期の卒業生が語った学校の雰囲気として紹介しています。
高校では芝居やコントにも取り組んだ
田中さんは同じインタビューで、星野さんと浜野謙太さんがコントライブや芝居もしていたと話しています。音楽とお笑い、芝居が、きっぱり分かれたものではなく、仲間と楽しむ活動として身近にあったことがうかがえます。
星野さん自身もラジオで、校内の演劇公演について振り返っています。放送内容を紹介した記事によると、学校の外で知り合った人が見に来てくれることに、外の世界とのつながりを感じたそうです。
学内公演といっても、観客の前に立ち、作品を届ける経験です。教室の中で生まれた表現が、少しずつ学校の外へ広がっていく。その感覚は、後にさまざまな場所で活動する星野さんの原点を考えるうえでも印象に残ります。
音楽の授業では何を学んだ?
星野さんは自身のラジオで、自由の森学園の音楽の授業についても語っています。放送内容を紹介した記事では、一人ずつ歌って点数をつけられるという話に驚き、自分が経験した授業を振り返っています。
卒業生の松本野々歩さんも、音楽の授業や音楽祭で合唱に取り組んだことを思い出として挙げています。みんなで声を合わせ、本番に向けて練習を重ねる。本人と別の卒業生の話を並べると、放課後のライブだけでなく、授業や学校行事にも音楽が身近にあった様子が見えてきます。
ただし、卒業生が語ったのはそれぞれの在学当時の体験です。現在のカリキュラムについては、学校が発信する情報を確認してください。
高校時代に学校へ行けなくなったことも
自由な雰囲気の学校で表現に打ち込んだ一方、星野さんは高校2年の終わりごろに学校へ行けなくなった時期があるとも話しています。ラジオでの発言を伝えた記事では、同じような経験を持つリスナーの家族からのメッセージに寄り添い、自身の経験を振り返っています。
学校へ行けなくなる理由や、その後の過ごし方は人によって違います。星野さんの経験を「この学校に行けば解決する」「好きなことがあれば必ず乗り越えられる」といった単純な話にすることはできません。
音楽や芝居を楽しんだ時期と、学校へ足が向かなかった時期。その両方が学生時代にあったことを知ると、華やかな経歴だけでは見えない、本人の歩みに触れられる気がします。
高校の仲間とSAKEROCK、その後のソロ活動
星野さんの音楽活動を語るうえで欠かせないのが、インストゥルメンタルバンド「SAKEROCK」です。ハイドパーク・ミュージック・フェスティバルのコラムには、2005年の出演時のメンバーとして星野源さん、浜野謙太さん、伊藤大地さん、田中肇さんの名前が紹介されています。
なお、田中馨さんもSAKEROCKで活動した人物ですが、同じメンバーがすべての時期に在籍していたわけではありません。フジテレビの紹介によると、SAKEROCKは自由の森学園出身の4人によって2000年に結成されました。その後、メンバーの変遷を経て、2015年にラストライブを行っています。学校の仲間との出会い、卒業後のバンド活動、ソロ活動を、それぞれの時期を分けて見ると分かりやすくなります。
ソロの音楽活動については、星野源さんの公式サイトで作品や活動情報を確認できます。気になった曲があれば、学生時代から続く演劇や音楽への関心を思い浮かべながら聴いてみるのも面白そうです。
星野源の高校に関するよくある質問
出身高校はどこ?
埼玉県飯能市の自由の森学園高等学校です。学園の広報誌でも卒業生として紹介されています。
高校時代にバンドをしていた?
同校卒業生の田中馨さんは、在学中に星野さんと音楽をしたことがあると語っています。校内では生徒による自主ライブも行われていたそうです。
演劇を始めたのはいつ?
星野さんはインタビューで、中学生のころから学校内で役者と音楽を始めたと話しています。高校時代にも学内で芝居に取り組んでいました。
大学に進学した?
進学先についてはネット上にさまざまな情報がありますが、今回確認した本人の取材や学校の資料では十分な裏付けが取れませんでした。確認できない学校名や進学の有無は断定を控えます。
まとめ
星野源さんの出身高校は自由の森学園。中学生のころから音楽と演劇を始め、高校時代には仲間と音楽や芝居に取り組んでいました。
同時に、学校に行けなくなった時期もあったと本人は語っています。学生時代をひとつの言葉でまとめず、好きなことに向かった時間も、思うように過ごせなかった時間もあわせて知ることで、今の作品にまた違った親しみが湧いてきますね。
※学生時代の記述は、記事内にリンクした本人や卒業生の取材、学校の資料を参考にしています。
セレブ論 – cereb-ron
