伊野尾慧の大学は明治!建築学科と大学院で学んだこと、仕事に生きる視点とは

青い設計図の上に置かれた音楽ホールの模型と製図道具

伊野尾慧さんの大学はどこだったのでしょうか。建築に詳しい姿をテレビで見て、「本当に専門で勉強したの?」「大学院にも通っていた?」と気になった方もいるでしょう。

伊野尾さんは明治大学理工学部建築学科を卒業し、同大学大学院の理工学研究科新領域創造専攻を2年で修了しています。アイドル活動と並行しながら、学部と大学院で学びを続けていました。

この記事では、学歴の基本情報に加え、なぜ進学したのか、学生時代をどう過ごしたのか、建築の学びが現在の仕事にどう生きているのかを、本人のインタビューから整理します。

伊野尾慧の大学・学部・学科は?

項目確認できる内容
出身大学明治大学
学部・学科理工学部建築学科
入学・卒業2009年入学、2013年卒業
大学院明治大学大学院理工学研究科新領域創造専攻
大学院の在籍期間2年間で修了
大学院についての公表2024年10月の『アナザースカイ』で本人が説明

入学と卒業の年、学部・大学院の専攻は、2026年のSTORYの本人インタビューに掲載されたプロフィールで確認できます。学部で建築を学んだ後、大学院では「新領域創造専攻」へ進んだという流れです。大学院の専攻名まで、学部と同じ「建築学科」と書き換えないようにしたいところです。出典:STORY・伊野尾慧インタビューとプロフィール

なぜ大学へ?芸能活動への不安もあった

大学進学は、最初から現在の「建築に詳しいアイドル」という立場を描いていたから、というだけではありません。2024年の『アナザースカイ』で、伊野尾さんは当時、芸能の仕事で生活していける自信がなかったと話しています。

グループの中で個人の仕事が少なく、この先も仕事が続くのか分からなかった。そうした不安の中で、大学へ通う道を選んだそうです。一方で、グループを辞めることを具体的に考えていた、という説明ではありませんでした。

大学の経歴だけを見ると「得意分野を伸ばすために迷いなく進学した」と想像しがちです。しかし、本人の話には、学生という立場を心の支えにしていた部分も出てきます。いまの活躍とは違う、将来を模索していた時期があったことが分かります。出典:日刊スポーツ・『アナザースカイ』で語った進学理由

大学と大学院の6年間で、何を学んだ?

建築を土台に、違う領域へ視野を広げた

同番組で伊野尾さんは、建築を4年間学んだ土台に、別の領域の学びも加え、新しいものを提案するような専攻だったと大学院生活を説明しています。

ここで大切なのは、大学院での学びを「建築の勉強をそのまま2年延ばした」と単純化しないことです。本人の説明では、学部で得た知識を持ちながら、ほかの考え方にも触れていく時間でした。

大学院の経歴は、修了した当時から広く公表されていたわけではありません。2024年の放送で本人が明かしたため、それ以前の記事では学部卒業までしか紹介されていないものもあります。古いプロフィールと新しい情報を比べる際は、公表された時期も一緒に見ると分かりやすいです。出典:日刊スポーツ・大学院の専攻と修了について

「卒業」と「修了」はどちらが正しい?

本人の会話では大学院も「卒業」と表現されていますが、経歴を整理する際には、学部は卒業、大学院は修了と書くと区別しやすくなります。この記事でも、その形に統一しています。

ただし、大学院を修了したという情報から、博士号を取得したとまではいえません。肩書を大きく見せるより、どの専攻でどのくらい学んだのかを正確に押さえることが、伊野尾さんの経験を知る近道です。

芸能の仕事と大学生活はどう両立した?

2025年のテレビ出演では、朝5時頃に起き、満員電車で学校へ行き、授業が終わるとリハーサルへ向かったと振り返っています。大学名だけでは見えない、移動と予定のやりくりがある毎日だったようです。出典:日刊スポーツ・通学と仕事を両立した生活

建築の学びというと、華やかな建物を見る場面が思い浮かびますが、大学へ通い続けるには日々の時間の確保も必要です。ステージに立つ姿と、電車に乗って授業へ向かう姿。その両方があったことを知ると、経歴の受け止め方も変わりますね。

サークルには入らず、研究室の選択が節目に

2026年のSTORYでは、サークルには結局入らなかったと話しています。仕事をしながら通う自分が周囲と少し違うように感じ、人との交流を避けてしまう時期もあったそうです。

一方、大学4年生で選んだ研究室については、違う場所を選んでいたら別の未来があったかもしれない、と振り返っています。今ならさまざまな人と話し、サークルにも入ってみたいという言葉からは、学問だけでなく、どんな人と過ごすかも大学生活をつくるという気づきが伝わってきます。

楽しかった話ばかりではなく、もっと交流しておけばよかったと思うこともある。そうした本人の振り返りがあるからこそ、学生時代の姿を身近に感じられるのではないでしょうか。

建築の学びは、アイドルの仕事にどう生きている?

2026年の『AERA』のインタビューを紹介したオリコンの記事では、建築学科での経験が、物事を複数の側面から考える姿勢につながったと説明されています。研究室で培った力も、セルフプロデュースや楽曲制作に生きているそうです。

建築に関する番組へ出られることだけが、学びの成果ではありません。完成した表現を見て、何をどう組み合わせるか、自分がどう関わるかを考える。そうした思考の土台として役立っていることが読み取れます。出典:オリコンニュース・『AERA』インタビュー紹介

学んだ専門と就いた仕事が違っていても、知識の使い道がなくなるわけではない。伊野尾さんの話は、その一例としても興味深いです。「建築を学んだから芸能とは別の道へ行く」という二者択一ではなく、いまの仕事の中でも生かしているのですね。

ガウディ展の仕事と、建築で何かを残す夢

2026年には「NAKED meets ガウディ展」の公式アンバサダーも務めました。TOKYO HEADLINEの本人インタビューでは、建築学科で学んだ立場からガウディの魅力を話し、いつか建築で作品を残したいという思いも語っています。

大学に入る前からサグラダ・ファミリアを知っていた一方、授業で設計の考え方などに触れた経験もありました。有名な建物を「きれい」と感じるだけでなく、つくり方や図面へ関心が向かうところに、学んだ人ならではの視点があります。出典:TOKYO HEADLINE・ガウディ展についての本人取材

2024年の『アナザースカイ』では、自分の考えを残すような公園をつくる夢も話していました。これは将来の夢として語ったもので、完成した設計作品の実績とは別です。芸能の活動を続けながら、年齢を重ねても別の挑戦ができる。伊野尾さんにとって、建築はそう感じさせてくれる存在でもあるようです。出典:日刊スポーツ・公園をつくる夢について

学んだ後も、違う価値観を取り入れたい

2026年のエクラの本人取材では、好きなことだけを選んでいると価値観が固まってしまうと感じ、遠いと思うことにも挑戦したいと話しています。専門を持つことと、その専門の外へ出ていくこと。その両方を大切にしていると考えると、大学院で視野を広げた経験とも重なります。出典:エクラ・新しい価値観への挑戦

伊野尾慧の大学に関するよくある疑問

大学は卒業している?

明治大学理工学部建築学科を2013年に卒業しています。中退という情報ではありません。その後は大学院へ進み、2年間で修了しています。

大学院も建築学科なの?

学部の建築学科に対し、大学院は理工学研究科新領域創造専攻です。学部での建築の学びを土台に、さらに幅広い領域を学んだと本人が説明しています。

建築の仕事へ転職する予定なの?

建築で作品を残す夢は語っていますが、それを芸能活動からの転職決定と受け取ることはできません。本人の話では、グループでかなえたいことと、建築への夢の両方があります。

まとめ|大学で学んだ建築は、現在の表現にもつながる

伊野尾慧さんは、明治大学理工学部建築学科を卒業し、大学院の新領域創造専攻も修了しています。芸能の仕事との両立には大変さや迷いがありましたが、その経験はいまの活動へつながっています。

大学名だけでなく、研究室や人との出会い、物事を多面的に見る姿勢まで知ると、「建築に詳しい」という一言の中身が見えてきますね。理系の大学から表現の世界へ進んだ人に関心がある方は、ムロツヨシさんの大学と俳優への転機もあわせてどうぞ。

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