サッカー番組で竹内涼真さんを見ると、「俳優なのに、どうしてこんなにサッカーに詳しいの?」と気になりますよね。実は、学生時代にプロを目指してボールを追いかけていた経験の持ち主です。
竹内涼真さんは5歳からサッカーを始め、高校時代は東京ヴェルディユースに所属。ポジションはセンターバックでした。これは本人の初期のインタビューだけでなく、2026年の日本テレビの公式発表でも確認できます。
この記事ではサッカー歴、ポジション、プロの道から俳優へ進んだ背景を整理します。ユース所属とプロ選手の違いや、ワールドカップの仕事とのつながりも、本人の言葉を手がかりに紹介します。
竹内涼真のサッカー歴を早見表で確認
| 時期 | 確認できる経歴 |
|---|---|
| 5歳ごろ | 叔父の影響を受けてサッカーを始める |
| 高校時代 | 東京ヴェルディユースに所属。センターバックとしてプレー |
| 高校2年生 | 本人の取材では、けがで長くプレーできない時期があったと説明 |
| 高校3年生 | クラブユース選手権で優勝したチームの一員。決勝のベンチ入りを本人が回想 |
| 20歳まで | 本気でサッカーに取り組んだと2026年のコメントで説明 |
| 2026年 | FIFAワールドカップの日本テレビ系スペシャルナビゲーターに就任 |
現在のホリプロの公式プロフィールでも、趣味・特技としてサッカーが掲載されています。俳優になってからも、本人を紹介するうえで欠かせない経験なのですね。
竹内涼真のサッカーのポジションはセンターバック
「竹内涼真 サッカー ポジション」と調べている方への答えは、センターバックです。2013年の本人インタビュー「サッカー漬けの日々を経て」でポジションを明かしています。
センターバックは、守備陣の中央を担うポジション。ゴール前で相手の攻撃に対応するだけでなく、味方との連携や後方からのボール運びも関わります。「サッカーが得意」というひと言より、実際に担っていた役割がわかると、経験の輪郭がはっきりします。
長身だから、という想像だけで決めつけない
竹内さんの現在の公式プロフィールでは身長187cm。体格からポジションを想像したくなりますが、センターバックだった根拠は、あくまで本人の説明です。
また、2026年の日本テレビのナビゲーター就任発表でも、高校時代にヴェルディユースでセンターバックとしてプレーした経歴が紹介されています。初期の取材と近年の公式発表を照らし合わせられる情報です。
東京ヴェルディユース時代はどんな生活だった?
東京ヴェルディユースという名前は聞いたことがあっても、竹内さんがどんな日々を過ごしていたかまでは知らない方もいるでしょう。
2017年のシネマトゥデイの本人インタビューによると、高校時代は学校のあとに練習へ向かい、自主練習や体のケア、チームメイトとの食事を経て帰宅する生活だったそうです。放課後の趣味として少し蹴るというより、毎日の中心にサッカーがありました。
ただ、周りも本気でプロを目指す選手ばかり。中学時代とはレベルが違い、自信が揺らいだことも振り返っています。強いチームの一員だったことと、その中で常に順調だったことは別だったのです。
優勝したチームの一員と、決勝の出場選手は分けて考える
2013年の取材では、高校3年生のときにチームが日本クラブユースサッカー選手権で優勝し、自身も決勝でベンチ入りしたと話しています。
このエピソードを紹介するときは、「チームの一員として優勝を経験」「決勝ではベンチ入り」という本人の説明を、そのままの範囲で読むことが大切です。そこから決勝での活躍や得点まで想像で付け足す必要はありません。
大きな目標に向かうチームにいた一方で、思うようにプレーできない時期もあった。その両面を知ると、竹内さんのサッカー歴は単なる華やかな肩書きではなくなります。
竹内涼真はなぜサッカーをやめた?本人が語った転機
プロの道を離れた理由は、けがだけで説明できるのでしょうか。2017年のananの本人インタビューでは、竹内さんはそれほど単純ではなかったことを話しています。
プレーできない間に周囲に追い越される感覚があり、気持ちも後ろ向きになっていた。そうした経験を振り返り、俳優になってからは、意識して物事を前向きに捉え直すようになったと説明していました。
「けがをしたから俳優になった」という一本線ではなく、悔しさを経験し、自分の考え方も見つめ直した先に次の道があったと読むと、本人の話がよく伝わってきます。
もともと好きだった映画やドラマが次の夢になった
同じ取材では、もともと映画やドラマが好きだったこと、20歳のころに好きなことを仕事にしたいと考え、今度は見る人に影響を与える側を目指したことも語っています。
サッカーから全く無関係な道へ飛び出したというより、本気で取り組める別の対象を見つけたのでしょう。スポーツで経験した挫折が、俳優としての挑戦の仕方にもつながっているところが印象的です。
2026年のW杯では日本テレビ系スペシャルナビゲーターに
2026年5月13日、日本テレビはFIFAワールドカップ2026のスペシャルナビゲーターに竹内さんが就任したと発表しました。サッカー経験を生かし、選手や競技の魅力を視聴者に届ける役割です。
公式発表のコメントでは、20歳まで本気でボールを追いかけたことと、プロの夢を諦めた経験があるからこその選手への敬意を語っています。昔のサッカー歴が、現在の仕事と結びつく場面といえますね。
日本テレビの公式動画では森保一監督との対談も公開されています。学生時代の経験を読むだけでなく、サッカーを伝える側に立つ姿を確かめたい方はこちらが参考になります。
なお、就任発表は大会前の2026年5月のものです。記事内の当時のコメントや放送予定を、これからの開催情報と取り違えないよう、掲載日も合わせて確認してください。
竹内涼真のサッカーについてよくある疑問
元プロサッカー選手なの?
高校時代は東京ヴェルディユースに所属し、本人はプロになる夢を諦めた経験を語っています。ユース所属の経歴を、そのままプロ選手として活躍した経歴に置き換えることはできません。
サッカーを始めたのは何歳?
5歳です。初期の取材では、サッカーをしていた叔父の影響で始めたと話しています。2026年の日本テレビの紹介でも5歳からという経歴を確認できます。
ポジションはフォワードではない?
本人の取材と日本テレビの公式発表で確認できるのはセンターバックです。見た目や好きな選手から推測するより、本人が説明したポジションで理解するのが確実です。
まとめ|竹内涼真のサッカー歴は今の仕事にもつながっている
竹内涼真さんは5歳からサッカーを始め、高校時代は東京ヴェルディユースでセンターバックとしてプレーしました。チームでの優勝経験がある一方、けがや周囲との競争で悩んだ時期も、本人が率直に語っています。
2026年にはワールドカップの仕事にも携わり、選手に敬意を寄せる言葉を発信しました。サッカー歴を知ってから番組やインタビューを見ると、その熱量の背景も少し身近に感じられそうです。
競技に真剣に取り組んできた俳優の経歴に興味がある方は、横浜流星の空手の公式記録や、岡田准一の格闘技の種類と柔術の黒帯もどうぞ。
セレブ論 – cereb-ron 
