間宮祥太朗の野球経験はいつまで?139キロの始球式と野球をやめた理由

夕暮れの球場で右投げの投手が投球するイラスト

間宮祥太朗さんといえば、ドラマや映画で幅広い役を演じる俳優。その一方で、始球式で139km/hを記録したことを知り、「野球はどこまでやっていたの?」「なぜ選手を目指すのをやめたの?」と気になった人もいるのではないでしょうか。

間宮さんは小学生の頃から中学時代まで野球に取り組み、投手としてプロを目指していた経験があります。競技から離れた後も野球好きは続き、始球式や野球選手を演じる仕事につながりました。

この記事では、本人のインタビューや当時の報道をもとに、野球歴、139キロの投球、進路を変えた理由を整理します。

間宮祥太朗の野球経験はいつまで?中学2年の終わり頃まで

間宮さんは、2016年のCREAの取材で、幼い頃から野球を続け、将来の夢はプロ野球選手だったと話しています。競技をやめた時期については、中学2年の終わり頃と説明していました。

紹介記事によって「中学生まで」「中学3年になる手前まで」など表現が違いますが、本人の話からは、中学時代に進路を考え直した流れが分かります。高校まで競技を続けて甲子園に出場した、という経歴とは異なります。

項目確認できる内容
野球に取り組んだ時期小学生の頃から中学時代まで
主なポジションピッチャー
投打右投げ右打ち
始球式で話題になった球速2019年に139km/h

「野球経験者」という一言だけでは見えませんが、プロを夢見て取り組んでいた時間があり、その後に別の道を選んだ人なのですね。

出典:CREA・本人インタビュー(2016年)/ORICON NEWS・始球式での紹介(2019年)/TVガイドWeb・投打についての本人の説明

間宮祥太朗が野球をやめた理由|ライバルとの向き合い方の違い

2022年のNumber Webの取材では、同級生の投手の存在が語られています。その選手は、練習の時間以外もトレーニングへ向かい、学校生活にも真面目に取り組むタイプだったそうです。

ライバルを見続けるうちに、間宮さんは、本当に自分の野球への情熱が強ければ、同じような生活をしているはずだと考えるようになりました。能力の差だけではなく、野球へどれほど時間と気持ちを注げるのかを、自分に問い直したのです。

同じ取材で、進路を考える中学受験の段階でも、将来プロへ進む道筋を意識していたと説明しています。軽い気持ちで始め、飽きてやめたというより、目標を持っていたからこそ、その目標との距離を考えたのだと受け取れます。

野球をやめたという結果だけを見ると、挫折の一言で片づけたくなるかもしれません。しかし本人の話には、「自分は何に情熱を注ぎたいのか」という、その後にもつながる問いがありました。

出典:Number Web・野球部時代と進路についての本人取材(2022年)

始球式の139キロはいつ?2019年7月23日の甲子園

球速が大きな話題になったのは、2019年7月23日、甲子園球場で行われた阪神対DeNA戦のファーストピッチセレモニーです。球場の表示で139km/hを記録し、観客を驚かせました。

ORICON NEWSによると、この始球式が決まったと知らされたのは、26歳の誕生日だった6月11日。主演ドラマ『べしゃり暮らし』の撮影中に告げられ、阪神ファンの間宮さんは大喜びしたそうです。

当初の目標は125キロだったと紹介されていますから、本番の表示はそれを大きく上回りました。本人は、子どもの頃に野球を続けてきたことを振り返り、甲子園のマウンドに立つ経験を喜んでいます。

ただし、139キロという数字は、この日のセレモニーで記録された球速です。いつでも同じ速さを投げられる、プロの公式戦で同じ結果を出せる、という意味ではありません。投手の力は球速以外にもさまざまな要素があります。

また、当時の記事にある「芸能界最速」は、報道された時点の表現です。現在もすべての芸能人の中で最速だと、そのまま言い換えることはできません。

出典:ORICON NEWS・2019年7月23日の始球式報道

阪神ファンとしても野球を楽しむ|競技をやめても続いた関心

プロを目指す道を離れたことと、野球そのものを嫌いになったことは別でした。Number Webの2022年の取材では、テレビや配信を見られないときも速報を確認するという、熱心な阪神ファンの姿が語られています。

祖父が巨人ファンで、家では巨人戦を見ていた一方、幼い間宮さんは常勝チームを応援することへの対抗心を持ったそうです。そこから阪神へ気持ちが向かったという話にも、負けず嫌いな一面が感じられます。

こうした背景を知ると、甲子園の始球式が本人にとって特別だった理由も見えてきます。俳優として仕事で訪れる場所であり、野球少年だった自分が憧れた場所でもあったのでしょう。

なお、取材での好きな選手やチームへの期待は、そのシーズンの話です。昔の記事のコメントを、現在の成績や最新の発言と混同しないように読みたいですね。

出典:Number Web・阪神への思いを語ったインタビュー(2022年)

野球をやめた後は?映画と音楽が俳優への道につながった

CREAの取材で、間宮さんは、中学3年の1年間を、自分が情熱を持って取り組めることを探す時間にしようと考えていたと話しています。そこで興味が深まったのが映画と音楽でした。

ギターを買って音楽を作り、多くの映画にも触れたそうです。野球をやめた翌日から俳優になると決めて一直線、という単純な流れではなかったのですね。

2022年の日刊スポーツの本人取材では、名画座やミニシアターへ通ったこと、中学の先輩に連れられて載った雑誌が縁となり、事務所との面接へつながったことも説明しています。

もともとの夢を失った時間に別の興味が入り、思いがけない出会いから仕事が始まる。野球から俳優へという変化をたどると、間宮さんの経歴は、決断だけでなく試してみる時間の積み重ねでもあったと分かります。

出典:CREA・映画と音楽との出会い/日刊スポーツ・俳優の道へ進んだ経緯(2022年)

野球ドラマ『奇跡のバックホーム』では横田慎太郎役を担当

野球経験と俳優の仕事が重なった作品が、2022年のドキュメンタリードラマ『奇跡のバックホーム』です。間宮さんは、元阪神タイガース選手の横田慎太郎さんを演じました。

本人の取材によると、オファーを受けた当初は、横田さんや球団、ファンの思いを背負う責任の大きさから、出演を悩んだそうです。野球を知り、阪神を応援しているからこそ、簡単に引き受けられなかったのでしょう。

技術面でも新たな準備が必要でした。間宮さん自身は右投げ右打ちですが、横田さんは左投げ左打ち。その動きを再現するために練習したと語っています。経験者でも、そのまま本人役を演じられるわけではなかったのです。

この作品を見るなら、球を投げる動きだけでなく、実在する人を演じるために何を受け止めたのかにも目を向けたいところです。野球経験の紹介が、役への向き合い方を知る入り口にもなります。

出典:ABCテレビ・『奇跡のバックホーム』キャスト/TVガイドWeb・本人インタビュー(2022年)

『奇跡のバックホーム』と映画『栄光のバックホーム』は別の作品

作品を探すときに間違えやすいのが、似たタイトルの映画『栄光のバックホーム』です。同じ横田慎太郎さんの人生に関わる作品ですが、間宮さんが主演した2022年のテレビドラマとは別作品になります。

映画の公式サイトで横田さん役として紹介されているのは、松谷鷹也さん。間宮さんの野球経験を知って出演作を見たくなった場合は、タイトルだけでなく、制作年とキャストを確認すると探しやすくなります。

特に、昔の放送案内が検索結果に残っていても、現在放送中とは限りません。配信を探す際も、各サービスの作品ページで取り扱いを確認してみてください。見たい作品のタイトルと出演者が一致しているかも、あわせて確認すると安心です。

作品情報:ドラマ『奇跡のバックホーム』/映画『栄光のバックホーム』公式サイト

まとめ|間宮祥太朗の野球経験は、俳優になってからもつながっている

間宮祥太朗さんは、中学時代まで投手としてプロを目指し、その後は自分の情熱を探して映画や音楽へ関心を広げました。2019年の甲子園では139km/hを記録し、2022年には野球選手を演じる仕事にも取り組んでいます。

野球をやめた決断と、今も続く野球への思い。両方を知ると、球速だけでは分からない、間宮さんの歩みが見えてきます。

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