爽やかな笑顔と落ち着いた語り口で、ドラマからバラエティーまで幅広く活躍する小泉孝太郎さん。父は元首相の小泉純一郎さん、弟は小泉進次郎さんという家庭に育ちましたが、ご本人は政治とは異なる俳優の道を選びました。
そんな小泉さんについて「大学はどこ?」「中退したって本当?」と気になる人もいるのではないでしょうか。調べると、大学名には複数の情報がある一方で、本人が学生時代と進路を丁寧に振り返ったインタビューが見つかりました。
この記事では、大学について確認できたことを整理したうえで、野球に熱中した高校時代、進路に迷った時期、俳優デビューまでの歩みを紹介します。
小泉孝太郎の大学はどこ?進学後に中退したと本人が告白
小泉孝太郎さんは、大学に進学したものの、卒業せずに中退したと語っています。朝日新聞EduAの本人インタビューで、大学へ進んだ後、芸能界に挑戦した経緯を明かしました。
気になる学校名については、集英社オンラインの記事が日本大学に進学したと伝えています。一方、大学名を本人が語った資料や、学部・学科を裏付ける公式資料は、今回の調査では確認できませんでした。
つまり、「大学に進んで中退」は本人の発言、日本大学という学校名は報道による情報です。確認できる根拠の違いを分けて読むと、より正確に理解できます。
日本大学のどの学部だったの?
インターネットには学部や課程まで記した記事もあります。ただ、学校名を伝える集英社オンラインの報道でも、学部名は示されていません。
そのため、本記事では学部・学科を断定しません。「どこに通っていたか」と「何を学んだか」は別々の情報。本人や学校などの発表で確認できたときに、改めて確かめたいところです。
小泉孝太郎が大学を中退した理由は?自分の道を考えた時間
朝日新聞EduAで小泉さんは、大学へ進み、そのまま就職するという流れから、いったん立ち止まって考えたい気持ちがあったと振り返っています。
小さい頃から映画やドラマが好きだった一方、政治家の家に生まれたことで、周囲から父の跡継ぎを期待されることもありました。本人にとっては「小泉純一郎の息子」として見られる環境から離れ、自分の人生を歩みたいという思いも大きかったようです。
高校3年生の担任も、夢中になれるものを探すよう親身に励ましてくれたといいます。父からは、やりたいことに挑戦してよい一方、自分で選んだ道には自分で責任を持つよう伝えられたそうです。
大学中退という結果だけを見ると、思い切った決断に見えます。しかし本人の話をたどると、その前には野球との別れや将来への迷い、先生や父との会話がありました。単純に「学校が嫌だったから」と決めつけるのは適切ではなさそうです。
高校は関東学院六浦!中学・高校は野球に夢中
小泉さんは神奈川県横須賀市出身。朝日新聞EduAによると、関東学院六浦の小学校から中学校・高校へ進みました。
中学と高校では野球部に所属し、ポジションはサード。小学生の頃から野球が好きで、父とキャッチボールをしたり、バッティングセンターやプロ野球観戦に出かけたりしたことも振り返っています。
本人は野球部で、上下関係やチームプレーの大切さを学んだと話しています。野球の楽しさだけでなく、仲間と一緒に一つの目標を目指す経験が、その後も記憶に残っているのですね。
高校2年で野球を続けられなくなった経験
高校2年生のとき、椎間板ヘルニアを患い、野球を続けられなくなりました。気持ちを切り替えて応援団として頑張ろうとしたものの、本人は当時の挫折感を後年も覚えていると語っています。
勝てば甲子園に行けるという試合の夢を見ることがある、という話は印象的です。実際にその試合を経験したという意味ではなく、本人が夢について語ったエピソード。打ち込んできた野球への思いの強さが伝わります。
大切にしていたものを続けられなくなった後、「次に何に夢中になれるだろう」と考えた時間が、進路を見つめ直すきっかけの一つになったようです。
勉強は苦手だった?英単語テストで見せた集中力
本人は学生時代を「野球第一」だったと振り返る一方、学校の英単語テストでは学年トップになったこともあると話しています。
何か一つのことに熱中すると集中するタイプだと自己分析し、決まった期間に集中して作品を作る俳優の仕事は自分に合っているのでは、とも語りました。
もちろん、テストのエピソード一つで成績全体や学力を判断することはできません。ただ、小泉さん自身が、好きなことに向ける集中力を学生時代から意識していたことはわかります。
俳優を目指したきっかけは映画への憧れ
小泉さんは子どもの頃から映画やドラマを好み、画面の向こう側で生き生きと演じる俳優に憧れていたと語っています。
2024年に出演した番組では、映画『E.T.』を俳優を目指すきっかけとして挙げました。日刊スポーツによると、幼い頃に観た作品の世界に引き込まれ、自分もスクリーンの向こうへ行ってみたいと感じたそうです。
また、双葉社のインタビューでは、三國連太郎さんや高倉健さんといった俳優の雰囲気にも惹かれていたと振り返っています。
小泉さんにとって演技の世界は、政治という現実の課題と向き合う父の仕事とはまた違う、夢や刺激を感じられる場所だったのかもしれません。本人も、そうした対照的な世界に惹かれたのではと振り返っています。
デビュー作『初体験』で感じた難しさ
2001年に芸能界入りした小泉さんは、翌2002年のドラマ『初体験』で俳優デビューしました。憧れていた世界へ足を踏み入れたものの、最初から順風満帆だったわけではありません。
双葉社の取材で小泉さんは、それまで本格的な演技のレッスンを受けておらず、実際の撮影ではテレビで観るのと演じるのとでは大きく違うと感じた、と明かしています。
周囲に置いていかれるような感覚や、自分の思うようにできない苦しさもあったそうです。それでも、この世界にいたいという気持ちを持ち続けたと話しています。
大学を離れた決断と同じく、デビュー後にも迷いや課題はありました。画面で見る柔らかな雰囲気の裏に、現場で経験を重ねてきた時間があるのですね。
よくある疑問|大学と高校の情報を整理
小泉孝太郎さんは大学を卒業した?
卒業ではなく中退したと、本人が朝日新聞EduAのインタビューで話しています。大学へ進学した経験はありますが、卒業したとは語っていません。
日本大学という情報は確定?
集英社オンラインは日本大学に進学したと報じています。ただし、今回確認した本人インタビューには学校名がなく、学部・学科も確認できませんでした。報道と本人の発言を区別しておきましょう。
弟の小泉進次郎さんと同じ学校?
小泉孝太郎さん本人が語った母校は関東学院六浦の小学校・中学校・高校です。大学の情報は別に確認する必要があり、系列校で学んだからといって、そのまま系列大学へ進学したとは限りません。
まとめ|進路に迷い、自分の夢中になれる道へ
小泉孝太郎さんは大学進学後に中退し、芸能界へ挑戦したことを本人が明かしています。日本大学への進学は報道されていますが、今回の調査では学部・学科を裏付ける資料は見つかりませんでした。
関東学院六浦での野球、けがによる挫折、担任や父との会話、映画への憧れ。そして2002年の俳優デビュー。経緯をたどると、周囲の期待と自分の思いを見つめながら道を選んできたことがわかります。
学生時代の経験を知ってから出演作を見ると、小泉さんの表情や言葉が、また違って見えるかもしれませんね。
参考:朝日新聞EduA 本人インタビュー、集英社オンライン、双葉社 THE CHANGE、日刊スポーツ
セレブ論 – cereb-ron
