ムロツヨシの大学は東京理科大!数学科から俳優へ進んだ理由と中退の経緯

数学のノートを置いた客席から、光が差す劇場の舞台を眺める墨絵風イラスト

ムロツヨシさんの大学はどこだったのでしょうか。親しみやすいトークや独特な芝居の印象から、演劇系の学校に通っていたと思う人もいるかもしれません。

実際に進学したのは東京理科大学理学部数学科です。その後は大学を中退し、俳優の道を選びました。ただ、「入学3週間で中退」という有名な話には、本人が説明している細かな違いがあります。

ここでは出身大学と学科、進路を変えた理由、俳優になるまでを本人のインタビューで確認します。短い大学生活から続いた、意外な同級生との縁も紹介します。

ムロツヨシの大学・学部・学科は?

知りたいこと確認できる内容
大学東京理科大学
学部・学科理学部数学科
入学前1年間の浪人を経験
卒業した?卒業せず、中退
通学期間と在籍期間本人は「通学は3週間、籍は1年間」と説明
大学の同級生ライゾマティクスの真鍋大度さん

学部・学科は、2021年のJ-WAVEでの対談記事で確認できます。ムロさんと真鍋大度さんが東京理科大学理学部数学科の同級生として紹介され、二人とも当時の大学の数学を難しかったと振り返っていました。出典:J-WAVE NEWS・ムロツヨシと真鍋大度の対談

したがって、「理科大出身」という情報は、理系の大学に在籍した経歴を示すものです。卒業生であることや、数学の研究者として活動していたことを意味するわけではありません。学校名だけでなく、在籍と卒業を分けて押さえておきましょう。

大学に3週間で行かなくなったのはなぜ?

「通学3週間」と「在籍1年間」は違う

まず整理したいのが期間です。関東弁護士会連合会が掲載した2023年の本人インタビューでは、通うのをやめたのは3週間後で、籍は1年間置いていたと話しています。

見出しなどでは「3週間で中退」と短く紹介されることがありますが、授業へ行かなくなった時期と、学籍を置いていた期間は同じではありません。この記事では、本人が具体的に説明した二つの期間を区別しています。

「3週間だけ大学に籍があったの?」と疑問に思った人には、この説明が答えになります。印象的な数字だけが広まると省略されやすい部分ですが、経歴を順番に読むうえで大事な点です。出典:関東弁護士会連合会・ムロツヨシ本人インタビュー

大学名の先に、やりたいことが見つからなかった

同じ取材では、周囲の学生が目標を持って大学へ来ていることに刺激を受けたと話しています。自分はよい大学へ進むことを目指していた一方、同級生にはその先で学びたいことがあった。その差に気づいて焦りを感じたそうです。

さらに学費などの経済的な事情も重なっていました。中退を「勉強についていけなかったから」「芝居が好きだったから」と、一つの理由だけで片づけると、本人が語った経緯から離れてしまいます。

大学への合格は大きな達成でも、そこで初めて進路を考え直すことがある。ムロさんの場合は、その時期に見た舞台が、具体的な行き先を示す出会いになりました。

俳優を目指すきっかけは『陽だまりの樹』

2016年のCREAの取材でムロさんは、大学1年生のとき、友人と舞台『陽だまりの樹』を見に行ったと話しています。もともと深津絵里さんのファンで、その出演作を観劇したことが入口でした。

そこで強く心を動かされたのが、段田安則さんの演技です。客席から見る立場だったムロさんは、舞台の側へ行きたいと感じたそうです。後に段田さんへその話を伝えた際の、ユーモラスなやり取りも取材で紹介されています。出典:CREA・舞台との出会いを語る本人取材

深津さんを見たいと思って出かけ、そこで段田さんの芝居に出会った。誰かの作品に触れることが、自分の職業を考えるきっかけになるという、印象的なエピソードです。

2022年のCREAの取材でも、ムロさんは役者を、趣味の延長ではなく、生活していくための職業として選んだと説明しています。「演じるのが楽しそう」だけでなく、これを仕事にしたいという方向転換だったのですね。出典:CREA・俳優を志した当時の思い

大学を辞めた後、すぐに俳優として成功した?

養成所を出ても、仕事が来るわけではなかった

進路を決めた後も、順調に出演が増えたわけではありません。2022年の取材では、映像の専門学校・養成所へ通った後、芸能事務所へ履歴書やオーディション用紙を何十通も送っても返事がなかったと振り返っています。

その後は劇団の研究生になり、自分でも一人芝居や仲間との舞台づくりへ進みました。学ぶ場所を出れば自然に道が開けると思っていた時期から、自分で活動の場をつくる時期へと変わっていったことが分かります。出典:CREA・養成所から自主企画への歩み

決断への後悔も、舞台での大失敗も語っている

ENCOUNTの2022年のインタビューでは、ムロさんは俳優の世界に入ってから数年間、大学を辞めたことを後悔していたと明かしています。また、劇場を予約して一人で舞台に立つ行動力があっても、肝心の中身の準備が足りなかったとも振り返っていました。

今の活躍から過去を見ると、中退した決断が最初から正解だったようにも感じます。しかし、本人は迷いや失敗も含めて話しています。「思い切って辞めたら成功した」という短い話にしないほうが、当時の難しさが伝わります。出典:ENCOUNT・下積み時代の失敗について

2016年のCREAでは、26歳頃に自分の状況を考え直し、出演する機会を得るために、自ら演劇関係者へ働きかけるようになったと説明しています。続けたい気持ちを、具体的に人と会い、仕事へつなげる行動に変えていったのです。出典:CREA・芝居を続けるために選んだ道

「出てもらう」のを待つより、自分を知ってもらう

2022年のCREAでは、自分に特別な何かがあると思い込む姿勢を改め、出演させてほしいと伝え続けたことも語っています。学歴や受験の成功が、そのまま別の分野の評価になるわけではないと、身をもって知った時間だったのでしょう。

ただ芝居を続けるだけでなく、どんな役者なのかを周囲に知ってもらう。舞台に立つための行動を変えた点まで見ると、下積み時代を単に「長く苦労した」とまとめるより、転機が具体的に見えてきます。出典:CREA・自ら仕事へ働きかけた理由

数学科の同級生・真鍋大度との意外な縁

短い大学生活の縁は、後年にも続きました。J-WAVEの対談では、大学を離れて俳優を目指したムロさんと、卒業後に別の道へ進んだ真鍋大度さんが、時間を経て再びつながった話をしています。

ムロさんは、テレビの『情熱大陸』を見ていて真鍋さんの名前に気づき、驚いたそうです。それぞれが違う分野で仕事をするようになってから、学生時代の同級生として再会したというのが面白いところですね。

さらに2020年には、二人とヨーロッパ企画の上田誠さんが、映像制作ユニット「非同期テック部」を立ち上げています。演劇と技術が交わる活動に、昔の大学の縁もつながっていました。

在籍期間が短くても、出会いまで消えてしまうわけではない。ムロさんの大学生活を知るうえでは、中退したという結末だけでなく、その後に残った人との関係も見逃せません。

ムロツヨシの大学についてよくある疑問

東京理科大学は卒業している?

卒業ではなく中退です。大学名がプロフィールや記事で紹介されていても、「出身」と「卒業」を同じ意味で読まないようにしましょう。

学科は数学科で間違いない?

本人と同級生の真鍋大度さんの対談で、理学部数学科と紹介されています。関東弁護士会連合会の本人取材でも、数学科のクラスメイトの話をしています。

中退した時期は3週間後?1年後?

本人の説明では、3週間後に通うのをやめ、籍は1年間置いていました。この二つを分けると、記事によって期間の表現が違って見える理由が理解できます。

まとめ|大学名だけでは分からない、俳優への転機

ムロツヨシさんが進学したのは、東京理科大学理学部数学科です。入学後に自分の進路を考え直し、舞台との出会いをきっかけに俳優を目指しました。本人によると、通学をやめたのは3週間後、在籍は1年間でした。

その後は養成所や自主公演を経て、失敗と選び直しを重ねています。大学名の意外さに加え、すぐには結果が出なかった時間や、同級生との縁まで知ると、ムロさんの歩みをより立体的に感じられますね。

俳優になるまでの進路が気になる方は、佐藤二朗さんの大学と就職後の歩みもあわせてどうぞ。

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