千葉雄大さんの大学について調べると、「玉川大学」「中退」「リベラルアーツ学部」といった情報が出てきます。どこまでが本人の話で、どんな理由で俳優の道へ進んだのでしょうか。
進学先は玉川大学です。本人が大学名を挙げて学生時代を振り返っており、仕事が忙しくなるなかで中退を選んだ経緯も話しています。
意外なのは、初めから俳優だけを目指していたわけではなく、大学時代にはスーツを着て就職活動もしていたこと。映像を作る仕事への関心が、どのように「出演する側」への挑戦につながったのか、本人の取材を軸にたどります。
千葉雄大の大学は玉川大学|卒業ではなく中退
大學新聞の「私の進路ストーリー」で、千葉さんは玉川大学に進学したことを明かしています。宮城県の高校を卒業して上京し、文学やデザイン、プログラミングなど幅広い分野に触れられる授業を楽しんでいたそうです。
大学へ通っていたことと、卒業したことは別です。千葉さんの場合、俳優としての仕事が始まる時期に大学を中退しています。
| 知りたいこと | 本人の取材から確認できる内容 |
|---|---|
| 進学した大学 | 玉川大学 |
| 大学で触れた分野 | 文学、デザイン、プログラミングなど |
| 事務所に入った時期 | 本人の説明では大学3年生の頃 |
| 大学の卒業 | 仕事に進むなかで中退 |
| 俳優デビュー作 | 2010年『天装戦隊ゴセイジャー』 |
出典:大學新聞「第37号 俳優 千葉雄大さん」、ananの本人インタビュー
学部はリベラルアーツ学部?大学名とは確認の強さが異なる
学部については、grapeなどでリベラルアーツ学部と紹介されています。一方、今回確認した大學新聞の本人インタビューは、大学名と学んだ分野には触れていますが、学部名までは明記していません。
そのため、大学名は本人の発言で確認できる情報、学部名は媒体で紹介されている情報として分けておくのが正確です。授業内容が似ていることだけから、在籍学部を推測して決めつける必要もありません。
大学中退の理由は?仕事への挑戦を恩師が後押し
大學新聞の取材で千葉さんは、本当は大学も卒業したかったものの、仕事が忙しくなることが確実になり、中退を選んだと説明しています。単に大学に興味を失った、という話ではありません。
当時お世話になっていた先生は、やりたいことが決まったなら新しい道を頑張ったほうがよいと背中を押してくれたそうです。千葉さんは、その言葉が大きな支えになったと振り返っています。
grapeが紹介した「有田Pおもてなす」でのエピソードでは、中退に反対する両親を説得した恩師として、網野公一さんの名前が挙げられています。中退は一人で勢い任せに決めた出来事としてではなく、周囲とのやりとりもあった選択として伝えられています。
ここで大切なのは、大学生活がうまくいかなかったから辞めた、という単純な説明にしないことです。学びを楽しんでいた時期と、仕事に進むために決断した時期は、どちらも本人の学生生活の一部でした。
大学3年では就活も!俳優になる前に考えていた仕事
ananの2018年の取材で、千葉さんは大学3年生のときに事務所へ入り、自分としてはそこに就職した感覚だったと話しています。その前には、実際にスーツを着て企業説明会にも足を運んでいました。
関心があったのは、映像制作会社、配給会社、テレビ局など。アナウンサーや客室乗務員、ウェディング業界、ラジオ局といった選択肢も考えていたといいます。
映画が好きだったから、最初は作品を支える側の仕事も考えていたのですね。芸能界か会社員かを早い段階で二者択一にしていたのではなく、複数の進路を見ていたことがうかがえます。
同じ取材では、事務所側が決断を待ち、自分では引き出せなかった部分を引き出してくれたことも語っています。スカウトされたからすぐ俳優になると決めた、というほど単純な流れではなかったようです。
出典:anan「スーツを着て、就活していた過去も…千葉雄大、意外な素顔」
映像制作への興味は、俳優になってからも続いていた
UR都市機構の本人インタビューでも、千葉さんはもともと文章を書いたり映像を作ったりすることに興味があり、制作側を希望していたと話しています。
俳優になった後も、現場で作り手の動きを見るのが好きだったそうです。役者としての基盤を持ちながら、脚本や監督などもできたらという思いと、挑むならきちんと勉強したいという姿勢を語っていました。
これは取材当時の考えですが、学生時代に持っていた興味が、俳優になったことで消えたわけではないとわかる話です。作品を作りたいという関心が、別の立場からも続いていたと捉えると、進路の変化にもつながりが見えてきます。
出典:UR PRESS「未来を照らす(19)俳優 千葉雄大」
大学生からゴセイジャーへ|デビュー作が学びの場に
大学時代の転機として、本人はカットモデルを引き受けたことを挙げています。掲載された写真が事務所の人の目に留まり、スカウトにつながったという経緯です。
その後、事務所に入って受けた『天装戦隊ゴセイジャー』のオーディションで主役に選ばれました。所属事務所の公式経歴には、2010年2月から2011年2月にかけて、ゴセイレッド・アラタ役を演じたことが掲載されています。
UR PRESSの取材で千葉さんは、特別な演技の勉強をせず普通の大学生から現場へ入ったと振り返っています。映画が好きで、大学で幅広く学んでいたことと、実際に演技の仕事を経験していたことは同じではありません。
ananでは、デビュー作の現場で芝居、アクション、アフレコ、ヒーローショーなどを経験し、それが後の仕事にも役立ったと説明しています。大学での学びから離れた後も、今度は現場で新しいことを身につけていたのですね。
出典:所属事務所の公式経歴、前掲・大學新聞、UR PRESS、anan
映画好きでも演技は別の難しさがあった
2015年のシネマカフェの取材で、千葉さんは、俳優として最初はできないことが多く悩んだと話しています。映画をたくさん観ているだけで演技が上手になるわけではなく、一つひとつ経験を重ねている感覚だったそうです。
この話を読むと、大学で作品や表現に興味を持っていたことが、そのまま即戦力の演技につながったわけではないとわかります。好きだからこそ踏み出せた部分と、踏み出してから学び直す部分があったのでしょう。
学生時代から現在の職業までを一直線の成功談として見るより、出会いや迷い、経験不足への取り組みも含めて知るほうが、本人が語る歩みに近づけます。大学中退はその途中の選択であり、学ぶことの終わりではなかったのですね。
出典:シネマカフェの本人インタビュー(2015年11月5日)
千葉雄大の大学についてよくある疑問
第一志望も玉川大学だった?
本人は、映画のノウハウを学べる大学を第一志望にしたものの合格できず、教育内容に惹かれた玉川大学へ進んだと話しています。ただし、その取材で第一志望校の名前は明かしていません。映画を学べる大学をいくつか挙げて、受験校だったと決めつけることはできません。
大学時代はずっと一人で過ごしていたの?
高校時代を引っ込み思案だったと振り返る取材はありますが、それを大学生活全体へ当てはめるのは適切ではありません。大學新聞では、上京直後の寂しさを経て友人が増え、音楽やサークルも楽しんだと話しています。時期の違うエピソードを混ぜないようにしたいですね。
偏差値から本人の学力はわかる?
大学の偏差値は入試方式や年度、算出する媒体によって変わる指標です。現在の数字を、そのまま本人の入学当時の成績として扱うことはできません。本人が話した受験や授業の経験を読むほうが、学生時代の関心を具体的につかめます。
まとめ|大学での関心が、表現する仕事につながった
千葉雄大さんは玉川大学へ進学し、幅広い授業に触れながら、就職活動も経験していました。その後、スカウトとオーディションを経て俳優の仕事へ進み、恩師の後押しも受けて大学を中退しています。
大学名や中退という結果だけでなく、映画を作る側への関心や、仕事を選ぶまでの過程を知ると、その歩みが見えてきます。俳優になることは突然の転身でありながら、映像や表現への興味ともつながる選択だったのですね。
大学から俳優へ進んだ別の例は、ムロツヨシさんの大学と進路の転機を紹介した記事でもまとめています。
セレブ論 – cereb-ron
