磯村勇斗さんは、どこの大学で演技を学び、なぜ途中で辞めたのでしょうか。作品ごとに印象の違う人物を演じる姿を見ると、俳優になるまでの道のりも気になりますよね。
磯村勇斗さんが進学したのは桜美林大学です。演劇を学びましたが、卒業はせず、俳優の道に専念するため中退しています。ただ、大学が嫌だったという単純な話ではありません。本人は授業や仲間から得たものも、繰り返し語っています。
この記事では、大学名を確認できる本人取材を起点に、進学の背景、中退理由、深澤辰哉さんとの関係を紹介します。大学に入る前の劇団活動から、小劇場で経験を積んだ時期まで、流れをつなげて見ていきましょう。
磯村勇斗の大学は桜美林大学!演劇を学んだが卒業はしていない
大学名は、2017年の日刊スポーツの本人インタビューで確認できます。磯村さんは、高校卒業後すぐに芸能界へ進みたかったものの、両親に大学進学を勧められ、芝居を学べる桜美林大学へ進んだと説明しています。出典:日刊スポーツ・磯村勇斗インタビュー
| 気になる項目 | 本人取材などで分かること |
|---|---|
| 進学先 | 桜美林大学 |
| 学んだ内容 | 授業で演劇を学んだ |
| 卒業した? | 中退して俳優の道へ専念 |
| 進学の背景 | 大学へ行ってほしい両親と、芝居をしたい本人の折り合い |
| 大学の同級生 | Snow Manの深澤辰哉さん |
「演劇をやっていた」と聞くと、サークル活動を思い浮かべるかもしれません。しかし、2021年のJ-WAVEで本人が説明したのは、授業として演劇を学んでいたということ。趣味の活動だけでなく、学ぶ内容そのものに芝居を選んでいました。
大学の現在の学部・学群名や入試の偏差値を、そのまま当時の本人の情報として扱うことはできません。ここでは学んだ内容を「演劇」とし、確認できない入試方式や成績は決めつけずに紹介します。
磯村勇斗が大学へ進学した理由|両親との意見の違いがあった
2023年のマイナビ学生の窓口の取材では、18歳当時、大学に行かず、東京で事務所に入るなどして俳優の仕事を始めたかったと振り返っています。一方、両親は大学へ行ってほしいと考えており、進路をめぐって衝突することもありました。
そこで選んだのが、演技を学べる大学でした。「進学すること」と「芝居の道に近づくこと」を両方かなえる選択だったのですね。本人にとっては、東京へ出られることも大きな意味を持っていたようです。出典:マイナビ学生の窓口・18歳の頃を振り返る本人取材
入学した頃には、各地から同じ夢を持つ同世代が集まることに刺激を受けたそうです。ただ、上京した年は東日本大震災のあった2011年。一人暮らしや余震への不安も重なり、新生活は期待だけで始まったわけではなかったと話しています。
大学に入る前から俳優志望!沼津で自分から劇団へ連絡
俳優を目指した出発点は、中学生の頃に友人と作った自主映画でした。J-WAVEの番組では、学校で上映し、見てくれた人から拍手をもらった経験が、この仕事をしたいと思うきっかけになったと語っています。
高校時代には、地元の「沼津演劇研究所」へ自分で連絡しました。ネットで劇団を調べて電話をかけ、見学へ。大人たちが台本を読む光景にひかれ、芝居を学び始めたそうです。高校の部活動とは別に、演劇の場を探していたのですね。出典:J-WAVE NEWS・俳優を志したきっかけと演劇の学び
大学へ進んで初めて演技に興味を持ったのではなく、先にやりたいことがあり、それを学ぶ場所として大学を選んだ。進路の順番を押さえると、その後の中退の決断も理解しやすくなります。
磯村勇斗の大学中退理由は?外の世界で芝居に専念したかった
2016年のライブドアニュースの本人インタビューでは、大学生活は楽しかった一方、外の世界を見て、もっと本格的に演技を学びたい気持ちが強くなったと話しています。学業との両立より、芝居一本に絞る道を選んだという説明でした。出典:ライブドアニュース・大学中退と下積み時代の本人取材
成績不振や大学への不満が中退理由だった、と本人の説明を置き換える根拠はありません。学ぶことをやめたというより、学ぶ場所を学外の現場へ移したと考えると、本人の言葉に近いでしょう。
同取材では、家族に心配をかけたことへの思いも語っています。当時は夢を実現したい気持ちが先に立っていた一方、後から振り返ると母親のつらさも分かる、という話でした。決断をきれいな成功談だけにしていないところが印象に残ります。
大学はいつ辞めた?在学期間の細かい数字には注意
中退時期については、2016年の取材の質問に「大学2年生のとき」、2017年の日刊スポーツにも「2年で中退」という記述があります。資料によって年次と在学年数の書き方が異なるため、ここでは正確な退学月や在学期間を細かく断定しません。
確かめられる大切な点は、演劇を学ぶ大学に入り、その後、自分の意思で中退して芝居へ専念したことです。大学の卒業生として紹介するのは、この経歴とは違います。
大学時代に得たもの|仲間とのレッスンと石橋蓮司の特別授業
2022年のスタディサプリ進路の取材では、同世代の俳優志望の学生と受けたレッスンは刺激的で、それまでの劇団活動とは違う発見があったと話しています。オーディションに受からない悩みを仲間と分かち合った時間も、本人の中に残っていました。
特に印象的だったのが、石橋蓮司さんの特別授業です。第一線で働く俳優の生の声を聞き、自分も同じ映画に出演したいという思いが生まれたそうです。出典:スタディサプリ進路・大学の授業と仲間について
また、先ほどのマイナビの取材では、大学で一緒に夢を見ていた仲間と、後に仕事の現場で会えた喜びも明かしています。カメラが好きだった友人がカメラマンとして取材現場にいた、という再会です。中退しても、大学でできたつながりまで消えたわけではなかったのですね。
磯村勇斗と深澤辰哉は大学の同級生?番組公式でも紹介
Snow Manの深澤辰哉さんと大学の同級生だったことは、TBS『黄金のワンスプーン!』の公式紹介でも確認できます。宮舘涼太さんと磯村さんが料理を作り、大学時代の友人である深澤さんへ届ける企画として紹介されています。出典:TBSテレビ・『黄金のワンスプーン!』番組紹介
同じ時期に大学へ通っていた2人が、俳優とアイドルとして番組で接点を持つのは面白いですよね。磯村さんの大学時代を知るうえで、作品の共演歴だけでは見えない関係です。
一方で、同級生という情報だけから、同じ授業をすべて受けた、入試方式も同じだったなどとは言えません。番組で確認できる友人関係と、詳しい履修歴は分けて考えたいところです。
中退後は小劇場へ|アルバイトの経験も仕事につながった
大学を辞めた後、すぐに大きな役が続いたわけではありません。2016年の本人取材では、居酒屋やカフェで働き、生活費を稼ぎながら、大学時代の友人から教わったオーディションを受け、舞台に立つこともあったと説明しています。
2017年の日刊スポーツでは、主演舞台が現在の事務所との出会いにつながったことも語っています。アルバイトで覚えた料理は『ひよっこ』の見習コック役にも役立ったそうで、下積みの生活が演技と無関係だったわけではありません。
MBS『情熱大陸』の公式プロフィールも、演劇を専攻した大学を中退し、2015年に『仮面ライダーゴースト』で初のレギュラー出演、2017年に『ひよっこ』へ出演した流れを紹介しています。出典:MBS『情熱大陸』・磯村勇斗プロフィール
「東大に行きたかった」という発言は、出身大学の話ではない
2026年10月8日の映画『mentor』のイベントでは、過去に戻れるならという質問に、東京大学で勉強したかった、法律を学びたかったという趣旨の発言もしています。これは将来や学びへの関心を語ったもので、東大に在学したという意味ではありません。出典:オリコンニュース配信・『mentor』イベント取材
大学名が複数出てくる話題でも、実際に通った学校と、憧れを話した学校は区別すると分かりやすいですね。
まとめ|大学中退だけでは見えない、磯村勇斗の学び
磯村勇斗さんは桜美林大学で演劇を学び、外の世界で芝居に専念するため中退しました。進学には両親との話し合いがあり、大学では仲間やプロの俳優の言葉から刺激を受けています。
大学名や卒業の有無だけでなく、そこで何を得て、次にどう動いたのかを見ると、俳優になるまでの道のりが立体的になりますね。学歴を知りたくて調べた方にも、作品を見るときの新しい手掛かりになればうれしいです。
セレブ論 – cereb-ron 
