トーク番組で飾らない本音を話し、鋭いツッコミでも笑わせてくれる大久保佳代子さん。「大学はどこ?」「相方の光浦靖子さんと同じ大学だったの?」と気になった方もいるのではないでしょうか。
大久保佳代子さんは千葉大学文学部文学科を卒業しています。一方、光浦さんは東京外国語大学出身。二人は別々の大学に通いながら、他大学の学生も参加できるお笑いサークルで活動していました。
大学までの道のりには、地元を出たい気持ちや、受験を支えてくれた友人との約束がありました。学部・卒論・お笑いとの出会いを、本人の取材や大学の公式情報からたどります。
大久保佳代子の出身大学・学部は?千葉大学文学部文学科を卒業
千葉大学の公式広報誌『ちばだいプレス』は、卒業生インタビューで大久保さんを紹介しています。プロフィールには「千葉大学文学部文学科卒業」と明記されているため、出身校は噂ではなく、母校の資料で確認できる情報です。
| 気になる項目 | 確認できる情報 |
|---|---|
| 出身大学 | 千葉大学 |
| 学部・学科 | 文学部文学科(在学当時の名称) |
| 卒業の有無 | 卒業 |
| 光浦靖子さんの大学 | 東京外国語大学 |
| 二人の共通の活動 | 大学を問わず参加できるお笑いサークル |
出典:千葉大学『ちばだいプレス』卒業生インタビュー(2022年7月1日)
お笑いサークルの活動場所として早稲田大学の名前も登場しますが、これは大久保さんの在籍大学を指しているわけではありません。通っていたのは千葉大学、課外活動では別の大学の学生とも交流していたと分けると、経歴を理解しやすくなります。
なぜ千葉大学を選んだ?地元を出たい気持ちが進学の原動力に
大久保さんは愛知県出身。2015年のwithnewsの取材では、東京に行けばライブハウスや面白い劇団があり、地元とは違う経験ができるのではないかと考えていたと振り返っています。
ただ、家を出て大学に通うには、国立大学へ進むことが家族からの条件だったそうです。東京を基準に進学先を考え、自分が受験できそうな国立大学を検討して、千葉大学文学部へ進みました。出典:withnews・大久保佳代子さんの受験体験(2015年2月14日)
「最初から芸人になるために大学へ行った」というより、環境を変えてみたい気持ちが先にあったのですね。大学名だけを見ると、早い段階から将来をきっちり決めていたようにも思えますが、本人の話からは、まだ先の見えない進学だったことも伝わります。
2022年のnon-noの人生相談でも、大学の4年間で好きなことや夢を見つけようと新生活を始めたと話しています。そこでお笑いと出会い、結果的に仕事になったという流れです。出典:non-no web・大久保佳代子さんの人生相談
やりたいことがすべて決まってから進むのではなく、進んだ場所で見つけていく。そうした学生生活だったと知ると、今の活躍を少し身近に感じられます。
受験勉強はコツコツ型!友人との電話が励みになった
大久保さんはwithnewsの取材で、細かな作業を続けたり、覚えたりすることが得意だったと語っています。受験でも、出そうな問題を繰り返し解き、解き方のパターンを覚えていったそうです。
勉強する場所は自宅や近所の図書室。つらくなったときの支えの一つが、近所に住む友人と決めた電話の約束でした。夜中の1時に交代で電話をかけ、少し話してから「あとどのくらいやろうか」と励まし合っていたといいます。
ここで心に残るのは、長時間勉強したという数字以上に、孤独になりがちな受験期に、一緒に頑張る相手がいたことです。テレビでは一言で場を盛り上げる印象がありますが、学生時代は地道に積み上げていたのですね。
ひらめき一発で何でもできた人というより、時間を決めて取り組むタイプ。こうした本人の説明を知ると、受験の経験と、後に言葉を考えて笑いをつくる仕事の間にもつながりを感じます。
卒論のテーマは太宰治!「文章が得意」とは限らなかった
文学部卒業と聞くと、昔から文章を書くのが得意だったと思うかもしれません。ところが大久保さんは、2026年9月のエッセイで、作文や読書感想文は苦手だったと明かしています。
大学の卒論では太宰治を取り上げたものの、経歴を多く書いてしまい、教授から自分の視点を加えるよう指摘されたというエピソードも。出典:集英社オンライン・大久保佳代子さんのエッセイ(ライブドアニュース掲載、2026年9月7日)
文学部で学んだことと、最初から自在に文章を書けたことは、同じではなかったのですね。テレビでの話し言葉が巧みな人でも、文章では自分の感情を表す難しさがあったというのは意外です。
その後は、編集者に褒められたことを励みに何度も読み返し、時間をかけて書くうちに、文章を書く力がついていったと振り返っています。卒論で苦労した人が、今はエッセイでも読者を楽しませている。学生時代の得意・不得意だけで、その先が決まるわけではないと感じる話です。
光浦靖子とは同じ大学ではない!早稲田のお笑いサークルで活動
大久保さんと光浦さんは、大学で初めて出会った関係ではありません。小学校から高校まで一緒だった同郷の二人で、進学後もつながりが続いていました。
集英社オンラインの取材では、お笑い好きだったことから早稲田大学のお笑いサークルに入り、光浦さんらと漫才を披露していた流れが紹介されています。先輩の勧めで事務所のライブオーディションを受けたことが、芸能界に入るきっかけになりました。出典:集英社オンライン・大久保佳代子さんインタビュー(2022年11月3日)
身近な友人からの誘いや先輩の一言が、その後の道につながっていったわけです。最初から「絶対に芸人になる」と強く決めていたわけではないという本人の話と合わせると、人との縁が学生生活に与えた影響の大きさがわかります。
光浦さんは別の大学の学生だったからこそ、大学の枠を越えたサークルが二人の活動場所になりました。「二人とも早稲田卒」「同じ千葉大だった」と混同せず、それぞれの学歴とコンビとしての活動を見たいですね。
大学の友人とは今も交流!入学式の隣の席から始まった縁
大学での友人関係も、最初から大勢とつながっていたわけではありません。2026年4月の『上田と女が吠える夜』では、入学式で隣に座った3人と仲良くなり、4人で過ごしていた大学時代を振り返っています。現在も連絡を取り合っているそうです。出典:スポニチ・番組での本人の発言紹介(2026年4月9日)
大学の交友関係というと、サークルや大きな集まりを思い浮かべますが、始まりは入学式の座席という小さな偶然。光浦さんとの長い関係とは別に、新しい土地で出会った友人たちとの時間もあったのですね。
卒業後はOLと芸能活動を両立!学生時代から一直線ではなかった
大学在学中に芸能界と接点ができても、その後すぐに仕事が安定したわけではありません。大久保さんは2020年の婦人公論の対談で、相方のテレビ出演が決まる一方、自分は選ばれなかった時期や、20代に劇団で活動していた経験を振り返っています。出典:婦人公論.jp・大久保佳代子×遠野遥対談(2020年12月29日)
定期的な収入を得るためにコールセンターの仕事をしながら、事務所への所属やお笑いの活動も続けていました。本人は、芸能界を一度すっぱり辞めてから戻ったというより、両方を続けた結果「二足の草鞋」になったと説明しています。
大学名だけでは見えない、仕事を続けるための現実的な選択もあったのですね。舞台や会社での経験を重ねながら活動の場を広げたことは、今の飾らないトークにつながる背景としても興味深いところです。
まとめ|大久保佳代子の大学時代は、次の居場所を探す時間だった
大久保佳代子さんは千葉大学文学部文学科を卒業しました。地元を出たい思いを原動力に受験へ取り組み、大学では太宰治を卒論の課題に選び、光浦靖子さんと早稲田のお笑いサークルでも活動しています。
進学時から将来が決まっていたわけではなく、友人とのつながりや、その場で出会った活動が仕事につながった歩みでした。出身大学を知るだけでなく、何を支えに進み、どんな出会いがあったかまでたどると、大久保さんの人柄がより伝わってきます。
学生時代からお笑いにつながった人の歩みとして、カズレーザーさんの大学生活や、小島よしおさんの大学時代もあわせてご覧ください。
セレブ論 – cereb-ron 
