佐久間大介の大学は城西国際!声優を学んだ理由と恩師・松野太紀との学生時代

大学の教室で台本とマイクをピンクの音の波がつなぐ、透明なアクリル風のイラスト

佐久間大介さんの出身大学は、城西国際大学です。Snow Manのダンスやバラエティーでの姿から知った人には、大学で声の演技を学んでいたという経歴が、少し意外かもしれません。

アニメ好きとして知られる佐久間さんですが、作品を楽しむだけでなく、自分で演じるための授業にも足を運んでいました。そこで教わった声優・松野太紀さんとは、後に自身のラジオ番組で再会しています。

大学名や学部だけでなく、「なぜ学ぼうと思ったのか」「何が今の仕事につながったのか」まで見ると、佐久間さんの学生時代がぐっと身近になります。本人の発言や取材をもとに、その歩みを紹介します。

佐久間大介の出身大学は城西国際大学!メディア学部で学んだ

佐久間さんが学んだのは、城西国際大学のメディア学部です。日刊ゲンダイの経歴を扱った記事では、映像芸術コースでの学びが紹介されています。

気になること大学時代の情報
出身大学城西国際大学
学部メディア学部
コース映像芸術コース
本人が語った学び声優の授業・声の演技
大学時代の恩師声優の松野太紀さん

出典:日刊ゲンダイ・佐久間大介さんと城西国際大学(2026年8月14日)、文化放送・本人と松野太紀さんの対談(2024年3月30日)

「メディア学部」と聞くと、カメラや編集など、制作する側の勉強を思い浮かべる人もいますよね。一方、佐久間さんが具体的に振り返っているのは、声で役を演じる授業です。芸能活動をしていた人が、大学では別の表現方法を基礎から学んでいた点が印象的です。

映像芸術コースと「声優学科」はどう違う?

本人はラジオの中で、メディア学部の中に「声優学科」があったという言い方をしています。ただ、会話の中の呼び方と、大学の正式な組織名をそのまま同一視するのは避けたいところです。

城西国際大学の公式資料では、映像芸術コースは2011年に開設され、「映像」と「芸能」の二つの分野から始まったと説明されています。声の演技だけに限定された大学ではなく、映像やエンターテインメントを複合的に学ぶ環境の中で、佐久間さんも授業を受けていたと捉えるとわかりやすくなります。出典:城西国際大学・映像芸術コースの紹介

なお、現在のカリキュラムを見て、掲載されている授業を佐久間さんがすべて受けたと考えることはできません。在学当時の経験は、本人が話している内容と分けて確認しています。

大学へ進んだ理由は?「声優を習いたい」という気持ちがあった

2024年3月の文化放送の対談で、佐久間さんは、大学へ通い始めるきっかけに声優の勉強をしたい気持ちがあったと話しています。松野さんとの会話では、立ち上げ時の1期生だったことも振り返りました。

日刊ゲンダイでは、同じ大学に通っていた兄から、映像芸術コースが新設されると聞いたことが紹介されています。進学先の情報に触れた経緯と、そこで何を学びたかったかを合わせると、選択の背景が見えてきます。

アニメを見て楽しむことと、マイクの前で台詞を届けることは、同じではありません。好きな作品の裏側には、演技や収録の技術があります。佐久間さんはその世界に、観客としてだけでなく、学ぶ側として近づいていたのですね。

仕事と大学をどう両立?朝の1限から授業に出ていた

大学時代、佐久間さんはすでに芸能の仕事をしていました。大学にだけ時間を使える学生生活ではなく、仕事で授業へ出られない日もあったと本人が話しています。

一方、松野さんが覚えていたのは、想像していた以上に佐久間さんが教室へ来ていた姿でした。佐久間さんも、出席できるときは朝の1限から行こうとしていたと振り返っています。

忙しかったから大学へ行かなかった、という単純な学生時代ではなかったようです。ただし、このやり取りだけで「全授業が皆勤だった」「一度も欠席していない」とまでは言えません。本人も出られない日があったことを説明しています。

出席率を大きく見せるよりも、参加できる日に朝から学ぼうとした姿勢が伝わる話です。舞台やダンスでは経験を積んでいても、声優の演技については初心者だったという本人の認識も、その姿勢につながっていたのでしょう。

大学の恩師は松野太紀!10年ほど経ってラジオで再会

松野太紀さんは、『金田一少年の事件簿』の金田一一役などで知られる声優です。佐久間さんにとっては、好きなアニメに出演している人であると同時に、大学で演技を教わった先生でした。

2024年3月30日、『Snow Man佐久間大介の待って、無理、しんどい、、』の放送100回に松野さんがゲスト出演。およそ10年ぶりという再会で、かつての教室の思い出を語り合っています。

放送前に公開された松野さんのコメントにも、学生時代からの人懐っこさや、成長した佐久間さんへの思いが表れていました。記念の放送に、昔の先生を招く。それだけでも、授業の時間が本人にとって大切だったことが感じられます。出典:マイナビニュース・松野太紀さんの出演とコメント(2024年3月28日)

同年6月に松野さんが亡くなった後、佐久間さんは7月のラジオで、これからも先生の生徒として頑張るという思いを伝えました。教わった時期を過ぎても、師弟の関係を大切にしていたことがわかります。出典:文化放送提供・恩師への思い(2024年7月20日)

大学の友達とは卒業後も交流!本人が語る楽しかった日常

勉強や芸能活動だけでなく、友達と過ごす時間も、佐久間さんにとって大切な大学の思い出でした。

2021年のnon-noのインタビューでは、大学時代へ戻れたら、当時の友達とステーキ丼のおいしい店へ行ったり、カラオケを楽しんだりしたいと話しています。授業と授業の間の空き時間に、他愛ない話をすることも懐かしんでいました。出典:non-no・佐久間大介さんインタビュー(2021年)

派手なエピソードではありませんが、だからこそ学生生活の雰囲気が伝わります。テレビで活躍する今の姿の前に、友達とごはんを食べ、空きコマを一緒に過ごす時間があったのですね。

さらに2022年7月のラジオでは、大学の友人がSnow Manの活動を応援し、誕生日の話題が盛り上がっている画面を送ってくれたことも紹介しています。卒業後も、自分の活動を見守ってくれる関係が続いていたようです。出典:文化放送・誕生日と大学の友人についての本人の話(2022年7月16日)

大学での学びは声優の仕事にどうつながった?

大学で授業を受けたから、その後の仕事がすべて簡単になったわけではありません。2021年の映画『白蛇:縁起』の取材で、佐久間さんは吹き替えならではの難しさを率直に話しています。

すでに出来上がっているキャラクターの口の動きに合わせることや、収録現場のルールなど、初めて覚えることが多かったそうです。三森すずこさんらとの現場でも、学ぶ姿勢を持って臨んでいました。出典:non-no・『白蛇:縁起』本人インタビュー(2021年7月29日)

大学で基礎に触れ、現場で新しい課題に出会い、また学ぶ。声優としての歩みは、その積み重ねとして見ると理解しやすくなります。好きなことを仕事にする過程には、憧れだけでなく、できないことに向き合う時間もあったのです。

2026年の続編でも、吹き替えの難しさを語っている

『白蛇:浮生』の2026年のインタビューでも、佐久間さんは、経験を重ねたからこそ気になる点が増えたと説明しています。元の演技に含まれる細かな息づかいや、キャラクターと呼吸を合わせることに難しさを感じたそうです。出典:ORICON NEWS・『白蛇:浮生』本人インタビュー(2026年2月16日)

昔の授業で学んだことを一度使って終わりではなく、作品ごとに考える対象が増えていく。学生時代の話と近年の取材を並べると、佐久間さんが声の表現を継続して掘り下げていることも伝わってきます。

まとめ|佐久間大介の大学時代は、声の表現と大切な出会いの原点

佐久間大介さんは城西国際大学のメディア学部で学び、声優の授業を通じて松野太紀さんと出会いました。仕事と両立しながら朝から教室へ向かい、友人との日常も楽しんでいたことを本人が語っています。

大学名だけでは見えないのは、好きなアニメの世界へ、自ら学びに行ったという一面です。今の声の仕事を見るとき、そんな学生時代の経験を知っていると、表現を楽しむ視点がもう一つ増えそうですね。

同じSnow Manの学びについては、阿部亮平さんの大学・大学院の記事でも紹介しています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です

error: