菅田将暉さんの高校はどこだったのでしょうか。俳優としての活躍からは想像しにくいかもしれませんが、高校ではアメフトに打ち込み、数学の先生になる将来も考えていたそうです。
菅田さんが通ったのは大阪府立池田高校。その後は上京し、父親の回想では日出の通信課程で学んでいました。ただし、池田高校に在籍していたことと、同校を卒業したことは別です。
この記事では、母校が確認できる資料を押さえたうえで、部活のポジションや進路への思い、仕事と学校を行き来した日々を紹介します。「頭がいい」「モテていた」といった印象だけでは見えない、高校生の菅田さんに迫ってみましょう。
菅田将暉の高校は大阪府立池田高校
池田高校への在籍は、同校の同窓会「承風会」の案内で確認できます。2017年の記事には、菅田さんが池田高校に在籍していた一方、卒業生ではないことが明記されています。出典:池田高校同窓会・承風会
また、2017年4月のFM802公開収録では、母校の後輩たちと交流しました。その場で菅田さん自身が、正月に池田高校の校門前で撮った写真をSNSに投稿し、大きな反響があったと振り返っています。高校名を単なるネット上のうわさとして扱う必要はありません。出典:スポニチ・母校の後輩と交流したイベント
| 気になる項目 | 確認できる内容 |
|---|---|
| 大阪で通った高校 | 大阪府立池田高校 |
| 池田高校を卒業した? | 同窓会は卒業生ではないと説明 |
| 高校の部活 | アメリカンフットボール部 |
| ポジション | クオーターバック |
| 上京後の学び | 父親が日出の通信課程への通学を回想 |
| 芸能界入り前の夢 | 数学の教師 |
高校の偏差値から、本人の成績までは分からない
「菅田将暉 高校 偏差値」と調べると、さまざまな数字が出てきます。ただ、受験情報の偏差値は、模試の運営元や年度などで変わる目安です。現在の学校の数値を、そのまま菅田さんが受験した頃の数値として使うことはできません。
本人が高校時代にどの教科で何点を取っていたのか、学年で何位だったのかも、今回確認した資料だけでは分かりません。そこで注目したいのが、本人が語っている数学への関心です。学校の難易度よりも、何を面白いと感じていたかを知る方が、当時の姿を具体的に想像できます。
高校時代の部活はアメフト!ポジションはQB
2023年のインタビューで菅田さんは、高校でアメフト部に所属していたこと、クオーターバックを担当していたことを説明しています。高校に入るまではサッカーをしており、アメフトに挑戦すると夢中になったそうです。
当時は体が細く、大きな仲間に守ってもらいながら、パスを出したり走ったりしていたと振り返っています。いまの役柄から「屈強な選手だったのかな」と思っていた人には、少し意外な話かもしれません。出典:マイナビニュース・学生生活とアメフトを語ったインタビュー
入部のきっかけは漫画『アイシールド21』
なぜ、サッカーからアメフトへ移ったのでしょうか。2020年の『菅田将暉のオールナイトニッポン』では、漫画『アイシールド21』を読んだ影響を明かしています。進学先の公立高校に、たまたまアメフト部があったことも後押しになりました。
漫画を読んで競技を知り、実際にできる環境へ進んだ。学生らしいきっかけですね。最初から珍しい部活を狙って学校を選んだ、といった話ではなく、興味と出会いが重なった入部だったと分かります。出典:ニッポン放送・漫画と入部のきっかけ
大人になっても残る「3年間やりたかった」という思い
学生に戻れるなら何をしたいかと聞かれた際、菅田さんが挙げたのは部活でした。先ほどの2023年の取材では、途中までしかできなかったため、最後まで続けたかったと話しています。
俳優として成功した後でも、部活への思いが消えるわけではないのですね。仕事を選んだことへの後悔と決めつける必要はありませんが、かなえた夢と、体験しきれなかった高校生活の両方があることは伝わってきます。
上京後は日出の通信課程へ|学業との両立は簡単ではなかった
父・菅生新さんの著書を抜粋したダイヤモンド・オンラインの記事では、上京後に日出の夜間通信部、芸能・スポーツコースへ通っていたと説明されています。父親が使っている当時の呼び方に沿った情報です。
同じ回想によると、『仮面ライダーW』の撮影が忙しく、登校や課題提出が難しい時期もありました。父親は高校を卒業させたいと考え、課題を手伝ったり、大学進学の選択肢について学校へ相談したりしていたそうです。
通信課程だから仕事との両立が楽だった、というわけではありません。演技経験が十分でない中で主演を務め、長い台詞を覚えながら学業にも向き合う。父親の回想からは、華やかなデビューの裏側にあった負担がうかがえます。出典:菅生新さんの著書抜粋・高校生活と撮影
なお、上記の資料は通学中の様子を語ったもので、卒業年月を示す証明ではありません。池田高校の在籍、日出での学び、卒業の細かな経緯は分けて整理しておきたいところです。
数学教師を目指していたのはなぜ?
2020年の『サワコの朝』で菅田さんは、もともと学校の教師になるつもりだったと話しています。数学が好きで、中学生の頃には友達に教えることもあったそうです。
自分が教えた友達のテストの点が良いと嬉しかった、とも振り返っています。単に計算が得意だっただけでなく、相手に伝わり、その人ができるようになる喜びを感じていたのですね。教師という夢にも、そうした経験がつながっていたようです。出典:RBB TODAY・『サワコの朝』で語った将来の夢
俳優の仕事の中で、昔の夢に触れた場面も
2019年の映画『アルキメデスの大戦』では、天才数学者を演じました。舞台あいさつで菅田さんは、役の数式を覚える際、授業を受けて意味を理解することも役立ったと説明しています。
さらに、別の撮影現場で子役に夏休みの算数を教えた話も披露しました。教師になる道を選んだわけではありませんが、昔から好きだったことが俳優の仕事の中にも顔を出した、印象的なエピソードです。出典:シネマトゥデイ・『アルキメデスの大戦』舞台あいさつ取材
高校時代の思い出は、俳優になってからも続いている
最初の写真集では、母校の部室で撮影
2010年のファースト写真集の取材では、母校のアメフト部の部室で撮ったカットがお気に入りだと話しています。壁に残った先輩たちの名前にも触れ、実際に自分が過ごした場所で撮ることには、セットでの撮影とは違う感覚があったようです。
芸能界へ進んだからといって、以前の生活をすべて切り離したわけではありません。デビューから間もない時期に、思い出の場所へ仕事で戻る機会があったことも、高校と俳優の仕事をつなぐ出来事でした。出典:オリコン・ファースト写真集の本人取材
高校生役には、過ごしきれなかった時間も重なる
2018年の『となりの怪物くん』の取材では、上京前に高校生らしい生活を送ったのは1年ほどだったと振り返っています。高校生役を演じる中には、当時の続きを体験しているような感覚も少しある、と話していました。
学校を舞台にした作品を見る際、実際の経歴を役柄に重ねすぎる必要はありません。それでも、本人が学生時代をどう受け止めているかを知ると、仲間と何げなく過ごす場面の見え方が変わるかもしれませんね。出典:映画.com・『となりの怪物くん』インタビュー
高校生での上京を支えた家族への思い
2023年のVOCEの取材では、上京した頃の父親への気持ちも話しています。親とけんかをする年頃でも、東京で一人で暮らし、仕事を始めるには協力が必要でした。家を借りることなど、自分だけでは進められない場面で動いてくれた父親を見て、親の大きさを感じたそうです。
家庭では学業も重視され、大学へ進むよう言われていたとも説明しています。当時は俳優の仕事との両立を難しく感じていましたが、大人になった菅田さんは、そう伝えた両親の気持ちに感謝していました。出典:VOCE・家族の支えを語った本人インタビュー
まとめ|菅田将暉の高校時代には、部活と勉強への熱中があった
菅田将暉さんは池田高校でアメフトに打ち込み、その後、上京して日出の通信課程で学んでいました。数学教師の夢もあり、俳優になる前から、競技や勉強に夢中になる一面があったことが分かります。
高校名だけを見るより、QBとして仲間とプレーした経験や、教えた相手ができるようになる喜びまで知ると、学生時代の姿が身近に感じられますね。スポーツと俳優への転機に興味がある方は、間宮祥太朗さんの野球経験と始球式の話もあわせてどうぞ。
セレブ論 – cereb-ron
